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2019年11月10日日曜日

令和元年 浦安市秋季市民剣道大会 2度目の総合優勝!

病気とケガを克服した"おやじチーム"

総合の決勝、筆者(中堅)の試合

3年ぶりの再結成


 2019(令和元)年11月4日、浦安市秋季市民剣道大会が開催されました。
 この秋季大会は団体戦のみ。個人戦は春季大会でおこなわれている。

 団体戦は3人制で、過去3回同じメンバーで出場しています。
 今回は3年ぶりの参加となりました。
 というのは、中堅を任されていた私が一昨年に急性リンパ性白血病と診断され、治療のため入院。奇跡的に回復して昨年復帰。(闘病の様子はこちら
 しかし昨年、今度は大将を務めていた方が、稽古中に左アキレス腱を断裂。そのため、2年間チームを組めず、出場を見合わせていました。

壮年の部の優勝は、過去3回


 それでようやく今年、チームを再結成することができたのです。
 このメンバーにこだわっているのは、過去にこの大会の壮年の部で3連覇しているから。3年前(2016年)の大会からは総合の決勝も行われ、その時は青年の部の優勝チームをも破って、総合優勝しています。(その模様はこちら

 病気やケガで連覇は途絶えてしまいましたが、それを克服してチームを再結成できた喜びの方が大きかった。3人とも口には出しませんでしたが、今回も最初から総合優勝を目標にしていてたと思います。まずは予選リーグを1位で通過し、壮年の部の決勝へ駒を進めました。

壮年の部、決勝


 40歳以上のチームが対戦する壮年の部。大会パンフレットの参加チーム一覧を見た時、決勝まで勝ち上がってくるだろうと思ったチーム。予想通りそのチームが決勝のお相手です。
 それは近隣ライバル道場の方々。年齢的には我々と同じぐらいだと思いますが、皆さん高段者。一方、こちらは全員リバ剣組で低段者。笑
 風格も品格も、お相手チームの方が数段上です。苦笑

 まずは先鋒戦。こちらは逆二刀、TD範士のお弟子さんです。予選から絶好調で、勝ち点を挙げてくれる頼もしい存在。しかし、お相手はかなり対二刀を研究してきたと見えて接戦になっている。互いに有効打突なく時間切れで引き分け。

次は中堅戦。私、正二刀。主審の「はじめ」の号令で蹲踞の姿勢から立ち上がり、中段十字の構えのまま攻め込もうと前へ出た。すると、お相手はすかさず左小手を打ってきた。中段十字の構えの小刀側の小手を打っても、打突部位にはまず当たることはありませんから、そのまま見逃した。
  すると、「小手あり」と主審の声。左拳を打たれたんですね。拳は打突部位ではありませんので、厳密には誤審です。
 しかし、心を乱すこともなく、平常心のまま一本を取ることだけに集中。お相手が居付いたところを「面」を打って一本取り返し、そして試合時間終了間際に「出ばな面」でもう一本。これで二本勝ち。

  そして大将戦。激しい攻防の末、有効打突がないまま時間切れの合図。その瞬間、私たちのチームの壮年の部の優勝が決まりました。

総合の決勝


  ついにここまで来ました。
  市民大会ですから、対戦するお相手は面識のある方が多い。剣風もなんとなくわかっている。しかし、それは壮年の部の話。
  青年の部は毎年、出場者の入れ替わりが早いので、初めてお目にかかる方がほとんど。
  なので、青年の部の試合は、目を皿のようにして見てました。どのチームが総合の決勝の対戦相手になってもいいように。
  あるチームの中堅の選手を見て、この選手とだけはやりたくないな、と思った。
  するとやはり、そのチームが総合の決勝のお相手になるんですねぇ、これが。

  しかし、この時点では、私はなんとか引き分けに持ち込めればいいかな、ぐらいに思ってた。私のチームの先鋒は絶好調ですし、お相手のチームの先鋒は諸手左上段。二刀者にとっては対戦しやすいお相手ですから勝ってくれるんじゃないかと。
  しかしこのあと、勝負の世界でそんな甘い考えが通用するわけがないと、再認識させられることに。

 総合の決勝戦になると、市総合体育館のメインアリーナの試合会場も、一つのコートだけが使用されることになります。すると、観覧席にいた方々が最後の試合を間近で見るために次々にアリーナに降りてきて、その一つのコートのすぐ脇に陣取る。会場全体が緊張に包まれた独特の雰囲気です。
 総合の決勝戦が始まりました。

先鋒戦


 先鋒戦は、逆二刀対諸手左上段。派手な対戦に、観戦している少年剣士たちも目が釘付けの様子。
 諸手左上段の方は、逆二刀に対してどう攻めていいか分からないのか、理合(りあい)なく打突している。
 それを難なくしのいで、機をうかがっていたこちらの逆二刀者は、挑発しようとする意図があったんでしょうか、小刀を持つ右手を自分の腰の後ろに回したんです。
 するとすぐに主審の「ヤメ」の声。試合が止められ、3人の審判が合議に入った。その結果、自分の打突部位を隠したということで、反則をとられてしまった。
 すぐに試合は再開されましたが、逆二刀者の動揺が見て取れる。先ほどまでの落ち着いた試合運びができなくなってしまったよう。無駄打ちが多くなり、結局、有効打突なく引き分け。

中堅戦


 「先鋒で一勝は堅い」。そんなことを考えていた自分が恥ずかしくなりました。
 もう私が勝つしかない。大将は、左アキレス腱断裂の大ケガから復帰して3カ月しかたっていません。チーム再結成のため無理に出場してくれたようなもの。私が勝ち点を挙げられなければ、大将にチームの勝敗を全て背負わせてしまうことになる。
 そんなことはさせられないという思いが、沸々と湧き上がってきました。

 私のお相手は、身長が190cm以上あろうかという20歳代の方。私とは親子ほど年が離れています。
 試合が始まりました。(添付動画参照)
 すると、すぐに「面あり」という主審の声。一瞬戸惑いました。
 私は大刀で面を打った感触はあるのですが、どのような場面でどう打ったのかが自分で分からない。素早いお相手の動きに、身体が勝手に反応してくれたみたいです。これでまず一本先取。
 しかしその後、お相手ともつれたところで押されて転倒。受け身をとれずに、後頭部を床に強打してしまった。意識はちゃんとあり痛みもなかったので、主審に問題ないことを伝えて、試合続行。
 なぜかこれをきっかけに、ますますエネルギーが湧いてきた。笑
 絶対にもう一本取ってやる!そう思いながらも、心は非常に冷静で、お相手の動きがよく見えました。
 長身と長いリーチをいかして次々と打ち込もうとするお相手の剣を小刀でさばいていく中で、私の「攻め」にほんの一瞬、打突を躊躇したお相手。再度打とうとしたその刹那を、「出ばな面」で仕留めた。審判の旗も3本あがっていて、これで二本勝ち。

 自分の役割を果たすことができた安堵感はありましたが、心配なのは大将の万全ではないアキレス腱の状態です。

大将戦


 ここまで来ると、実際問題として、勝敗よりも大将のケガのことの方が心配になってしまうんですね。事情を知る誰もが、そう思っていたんではないでしょうか。年齢も60代半ばですから。
 お相手の選手は、20代後半と思われる高身長で体格のいい選手。強く体当たりされればひとたまりもありません。
 「ケガだけはしないでほしい」。祈る気持ちで見守る中、試合が始まりました。

 やはり左足をかばいながらの、戦いには無理があります。お相手はスピードと瞬発力がありますから、打突すればその勢いで体当たりすることになる。故意ではなく自然にそうなる。
 すると、こちらの大将は、足で踏ん張ることができませんから、ヨロヨロと下がって場外に出そうになるんですね。その姿を見て、「もうそこまでして、頑張らなくてもいいですよ」と心の中で叫びました。
 誰よりも"勝つ"ということに執着している人なので、もう格好なんて気にしていないんですね。そんな身体の状態でも、果敢に攻めています。決して逃げることはしないのです。
 その戦いぶりに心を打たれたのは私だけではないと思います。見ているほとんどの方が、こちらの大将を応援していたと思います。

 そして、試合時間終了の合図。なんと引き分けに持ち込んでしまった。繰り返しますが、お相手は青年の部を制したチームの大将、強豪校出身の若手です。
 まあ、ホントにすごいおじさんです。この瞬間に、私たちのチームの総合優勝が決まりました。 
  

おやじ旋風巻き起こる


 本当に素晴らしいチームワークで達成できました。同じチームで2度目の総合優勝です。
 壮年の部の優勝に関しては、これで4度目。今大会、私たちのメンバーは誰も負けていません。"引き分け"か"勝ち"。チーム全員でつかんだ勝利の喜びは、個人戦のそれとは全く違うものですね。

 こんなおじさんたちと若者が、真っ向勝負できる剣道って本当に素晴らしい!


追記
 今大会中、先鋒の逆二刀の方が反則をとられた件。これは、反則以前の問題です。
 ご本人は、「俺は小刀なしでも、お前と戦えるぞ」という挑発の意図があったと思う。
 この方の師匠(故人)も、頭上高く大刀を上げたりして威嚇や挑発をする方だった。鍔迫り合いのルールも無視するし、抜刀や納刀の所作も自己流で、残心もしないという始末。
 高名な方や地位の高い方が誤った行為をしていても、指摘されたり注意されたりしないということ、よくありますよね。
 その"誤った行為"を見て、誤っていると気づく人は賢明ですが、「あの方がやっているんだから正しいこと」と認識してしまう人がいるんですね。
 剣道での〈攻め〉と、威嚇や挑発はもちろん違います。剣道では、威嚇や挑発は失礼なこと。
 同じチームの方ですが、学んでいただきたいと思います。


2019年9月1日日曜日

令和元年 千葉県剣道選手権大会に出場!55歳二刀で‼

昨年(平成30年)に続き二度目の出場

令和元年8月31日 千葉県武道館 開会式前の画像
令和元年8月31日 於 千葉県武道館


挑戦はあきらめられない


 2018(平成30)年1月に急性リンパ性白血病の治療を終えて、4月に仕事と剣道を再開。9月に千葉県剣道選手権大会に54歳で初出場しています。(そのときの模様はこちら
 そして今年(令和元年)8月31日、二度目の出場をしました。

 今回の出場は非常に迷いました。というのは、稽古不足が否めないということ。

 前回は、大病から社会復帰できた喜びで、夢中で参戦しました。抗がん剤治療の影響による肺炎で入院していた直後の大会だったにもかかわらず。(その様子はこちら
 あれから一年。今はだいぶ冷静になってきました。それは、どれくらい無理をするとどれくらい体調が悪くなるかが、分かって来たということです。

 現在は、医者から食事や運動の制限は受けていません。しかし、当然ですが以前とは体調が違います。仕事のし過ぎ剣道のし過ぎが、翌日の体調に如実に表れる。疲労の回復に非常に時間がかかるようになってしまったのです。

 白血病の原因は解明されておりませんが、癌の一種ですから過労やストレスが一因であることは想像できます。すると、どうしても稽古量をセーブしなくてはなりません。
 気持ちとしては、大病する以前と同じ稽古量をこなしたいのですが、10分の1程度になってしまっているのが現状です。(以前の一日の稽古メニューはこちら

 この3カ月前に出場した浦安市春季市民剣道大会では個人戦で準優勝していますので(その模様はこちら)、千葉県剣道選手権大会の出場要件は充分に満たしていますから、あとは自分の決断次第。
 となれば、やはり挑戦を回避することはできない。私の性格上、当然この結論になりました。笑

会場入り


 前回は初出場ということで、会場入りするときから勝手が分からず、緊張しっぱなしでした。しかし、今回は心にゆとりを持って千葉県武道館に到着、会場入りできた。

 まずは、受付けを済ませて竹刀計量・検査へ。
 二刀で使用する竹刀の規定は一刀のものとは違うので、検査員の方々に手間をとらせてしまいましたが、提出した大刀二本、小刀二本ともすべて合格。今年度からは、竹刀の規定が新基準に変更されているので、持参した竹刀がすべて不合格になっている方も見受けられました。

 開会式が始まるまでは時間がありますので、ゆっくり着替えて準備運動とアップ。
 しかし、前回に続いて今回も浦安市からのエントリーは私一人なので、心細いのなんのって…。早く試合が始まってくれないかなぁと思いました。苦笑

試合開始


 一回戦、私は第二試合場の13試合目。落ち着いてゆっくり準備する間に、いよいよ私の番が来ました。
 立礼から二刀を抜刀して蹲踞の姿勢になった。お相手の面金(めんがね)の奥の顔が見える。分かっていたことですが、私よりもはるかに若い、と改めて思ってしまう。
 この大会は全日本剣道選手権大会の千葉県予選も兼ねているので、出場者は20代~30代がほとんど。50代なんてほとんどいません。今回も私が最年長だったようです。

 「はじめっ」の号令で立ち上がって、すかさず攻め込む。前回、お相手の若さと瞬発力を警戒するあまり攻め切れなっかった反省から、思い切って攻める。

 足さばきは"歩み足"。これは古流の基本。年齢を重ねると"送り足"では攻め込みが遅くなる。陰陽の足が絶えず切り替わる"歩み足"での攻めには、お相手も対応を躊躇していると見えて、前に出てこない。(歩み足についてはこちら

 下がるお相手を追いかける場面が多くなる。そんな状況の中でも、虚(きょ)をついてお相手が反撃に出てくる刹那、その手元が一瞬上がるのが見える。
 そこを「小手」か「面」でとらえたいところだが、なかなか決まらない。前年も感じたことですが、この大会に出場するレベルの選手たちは動作の"起こり"が非常に判りずらい。いわゆる"色"を出さないから、機をとらえるのが非常に難しいのです。

 攻めてはいるが、キメめられない。

 時間だけが過ぎていく感じでした。
 そして、試合時間の5分を告げる合図。両者有効打突がないまま、延長戦に入った。

 下がるお相手を攻め込んで、機を見て打突したつもりが、さらに間合いを切られてしまう。ならば、誘ってお相手が出てきたところを仕留めようと足を止めた瞬間、お相手の竹刀が私の面をとらえていました。

 「面あり」

 審判の声。
 完敗です。お相手はそこを狙っていたんですね。
 ただ一瞬の機会を逃さない、その技量に納得の負けです。
 

試合を終えて


 前年の反省をふまえて、足を遣って攻め込み、お相手の構えを崩して手元を上げさせたところまではよかったのですが、一本を取る打突にならない。機を正確にとらえていないんですね。
 最後はくしくも前年の試合と同じ技で負けました。お相手の技を誘ったつもりが居付いてしまったのです。
 この辺をしっかり稽古していかなければなりませんね。

 一方で、心は晴れ晴れとしていました。
 前年のこの大会では、最後は体力がなく力尽きたという感じでしたが、今回は体力的にはまだいける状態。
 この一年間、稽古量をセーブしていたため、体力が回復していないんじゃないかな、なんて思い込んでいました。しかし、わずかですが体力の回復が実感できた。
 これは、大きな自信になりました。そして、出場してよかったと思いましたね。

 生きる喜び、再び剣道ができることへの感謝、改めて胸に刻みました。
 来年、またこの場所に立てるよう、"老体"にムチ打って稽古します。笑
 

2019年6月25日火曜日

平成30年 市川市民剣道大会 部門別3位 恩師の笑顔

大病から復帰して初めての市川の試合


新しい部門別


 この年(2018、平成30年)は、急性リンパ性白血病を克服して4月に復帰。(闘病の様子はこちらから)
 5月には、浦安市春季市民剣道大会に出場し部門別優勝を果たし(その模様はこちら)、9月には千葉県剣道選手権大会に出場している(その模様は、こちら)。

 そして、約300名が参加する10月の市川市民剣道大会。
 これまでは、個人戦は段位と年齢で9部門に分かれていましたが、複雑すぎるということで今回からは年代別に変更された。
 私は以前は「四、五段40歳以上の部」という部門でしたが、今回からは、「50歳代の部」ということになりました。(この時、私は54歳で四段でした)
 年齢的には近い方と対戦することになってよかったのですが、この部門の特徴は元気な高段者が多いということ。厳しい戦いとなりそうです。

会場入り


 会場に到着すると、たくさんの方々から声をかけていただき、大病から復帰したことを喜んでいただいた。
 その輪の中心にいた私を見つけて、満面の笑みでこちらに向かってくる方の姿が見えた。この時、市川市剣道連盟の会長だったTKHS先生だ。
 この方は、8年ほど前に私が初めて市川市の合同稽古に参加させていただいた時から、大変お世話になった先生。二刀遣いである私が市川市の稽古に参加しやすいように、配慮をしてくださった方です。そのおかげで今ではこうしてたくさんの方々と、市川で交剣させていただけるようになった。
 この日も、剣道を再開した私の姿を見て大変喜んでくださり、激励してくださいました。本当に心優しい、ありがたい先生です。

試合開始


 一、二回戦のお相手は、いずれも五段の方だったと思います。
 最初は試合のペースがつかめず、タイミングが合いませんでしたが、徐々に身体が動くようになり、有効打突がでるようになってきた。

 三回戦まで進み、試合場に入ると、対戦相手はもう待っていました。

 その対戦相手とは、中学高校の同級生で剣道部でも一緒だったJ君。
 彼も高校卒業以来剣道から離れていたそうですが、20年ほど前に"リバ剣"して、現在はもう剣道七段。
 面白い試合になりそうです。なんといっても、二人が対戦するのはほぼ40年ぶり。中学3年の時の部内戦が最後だったと思います。 

 お互いに年齢を重ねても、またこうやって対戦できるのは剣道ならでは。なにか時間が巻き戻ったような、照れくさいような、そんな気持ちでコート内に入った。
 しかし、互いに立礼から抜刀した時には、もう試合モード全開。旧友との対戦が始まりました。

 40年前と違ところは私が二刀であること。J君は中段の構えを変化させて、平正眼に構えた。
 正二刀に対しては、一刀者は「平正眼」に構えることがセオリーといえるでしょう。
 また、逆二刀に対しては、一刀者は「霞の構え」を執ることがセオリーとなると思います。
 
 平正眼は中段(正眼)の構えを変化させて、切っ先を中心から大きく右にはずして構えます。自分の「右小手」を防御しているような形になります。
 正二刀に対してこの構えを執る理由は、まず小刀で剣先を押さえられないようにするためでしょう。それと同時に「小手」の防御もできますし、構えた竹刀の位置を高くすれば「面」の防御も容易です。

 私は、そこを狙いました。「面」を防御した時を。
 防御に優れた平正眼に対してそのまま打っていっても、なかなか一本になるものではありません。
 どの構えでも立合いで大事なことは、相手の構えを崩すこと。
 平正眼の構えが崩れた状態とは、「面」を防御しようと手元を上げた瞬間です。この時に、右小手がガラ空きになり、打ちやすい位置にくる。

 しかし、そう思うようにはいきません。剣道七段ともなれば対二刀も慣れたもので、なかなか手元を上げてくれない。
 J君は高身長で180cmは優に超える。だから「面」が非常に遠く感じるのです。
 しかし、ここで「小手」に執着していては有効打突がとれないと思い、思い切って歩み足で攻め込んだ。そこで「面」を打とうかという時に、J君の手元が上がったのです。
 その刹那に私の体が反応して、大刀で「小手」をとらえてました。

 「小手あり」と主審の号令。その後すぐ、試合時間の終了の合図があり、一本勝ちに。
 40年ぶりの対戦は、辛くも制すことができた。

準決勝


 私の中ではJ君との対戦で、ひと山越えた気持ちになってました。
 続くお相手は、こちらも剣道七段の方。稽古では、たびたび交剣させていただいています。
 だから手の内は分かっている、これが慢心ですね。

 立合いが始まって、予想に反して技が決まらない。こんなはずじゃない、なんて思いながら、あせりだしてしまった。

 いつものように、先(せん)をとって「面」で仕留めようと、安易に打って出てしまった。
 お相手は、その"出ばな"をとらえたんですね。「面」を打たれたのは、私の方でした。ぐうの音もでないほどの、素晴らしい一本。参りました。

恩師の笑顔


 結果は、個人戦「50歳代の部」で3位。
 剣友の皆さんは、病み上がりでよくここまで戦ったと、ねぎらってくれましたが、悔いの残る試合になってしまいました。
 病み上がりと"慢心"は関係ありませんからね。しっかり、稽古し直します。

 そんな中、大会役員席から、私の立会いをずっとご覧になっていた方がいました。
 中学時代の剣道部の顧問だったTMI先生です。この時は、市川市剣道連盟の副会長になられていました。

 「見てたよ」

 表彰式の前に、満面の笑みを浮かべて声をかけてくださった。よく白血病を克服して戻って来てくれたと。
 そしてJ君と私は、恩師の前で同門対決をしていたのです。
 これには恩師も大変喜んでくださった。40年もたってご自分の教え子同士が立合うところが観れるんですから。感慨もひとしおだったんじゃないでしょうか。

 先生が、最も手を焼いた生徒ですからね、二人とも。笑

 (恩師とJ君に関する過去の記述はこちら

 
追記
 この半年後に出場した試合の模様は、すでに記事にしております。
 令和元年 浦安市春季市民剣道大会の模様はこちら

2019年6月23日日曜日

平成30年 浦安市春季市民剣道大会 白血病を克服して、復帰戦は優勝!

一年間の治療を終えて大復活


帰って来た「リバ剣おやじ」


 2018(平成30)年5月。浦安市春季市民剣道大会(個人戦)に出場しました。
 この1年前の2017(平成29)年4月、急性リンパ性白血病と診断され、入院。(その様子はこちらから)
 8カ月間の抗がん剤治療と1カ月間の放射線治療を受け、この年の4月に仕事と剣道に奇跡的に復帰。
 その1か月後に、市民大会出場となった。この時、54歳。

 実は、復帰した直後に市民大会があったから、出場したのではないのです。
 この大会に出場することを決意して、それに間に合うように復帰したのです。
 本当は、もっと自宅療養をした方が良かったのかもしれません。
 しかし、仕事も剣道も早く再開したくて、自分で期限を切ってリハビリしてました。

 この半年前に退院して、強力な抗がん剤の影響で低下した体力を元に戻すため、歩くことから始めました。
 "歩くことから"と言っても、実際にはそれしかできませんでした。
 走ったり、素振りや打ち込みもやってみたりしましたが、とても続けられるような状態じゃない。
 数カ月すれば、徐々に体力が戻ってくるものだと思っていましたが、そういうものではありませんでした。

 白血病は骨髄の癌ですが、特に急性白血病の場合は診断された時点で、普通の癌でいえばステージ4の末期なのだそうです。
 その状態から一気に全身の骨髄の癌を消滅させるために、致死量にも及ぶ抗がん剤を投与するわけです。残念ながら私が入院中に、同じ病気で亡くなられた方は何人も見てきました。
 幸運にも治療を乗り越えられたとしても、その強い抗がん剤を投与してきた後遺症と戦わなければならない。
 退院後にそういう現実に直面しました。

 体が完全に元の状態に戻るのは、数年後かも知れないし、一生戻らないかも知れない。
 ならば、完全に戻るまでは待っていられない。不完全な体でも、やり始めるしかないと思ったのです、仕事も剣道も。

 幸い私の場合は、今は食事の制限も運動の制限も、医師から受けているものはありません。なので、この大会の出場を目標にして、その前になるべく早く仕事と剣道を再開しようと決意していました。
 そして、実際に復帰できたのが大会の1カ月前となったのです。

試合当日


 1カ月前に復帰して、道場で稽古できたのは数回だけ。
 しかも、体力的には試合に出られるようなものではなかった。会場まで来ただけで、ゼーゼーハーハーという有り様。
 しかし、ご心配をおかけした皆さんに、元気になった姿を見ていただきたい一心で、ここまで来ました。

 会場入りすると、他の道場の皆さんから次々と声をかけていただきました。大病を克服して戻って来たことを喜んでくれた。ありがたさに目頭が熱くなりました。
 
 そんな私に、試練がまち受けていました。
 手渡されたパンフレットのトーナメント表を見て落胆することになるとは。
 一回戦のお相手が、一昨年のこの大会の壮年の部優勝者だったのです。実は、私はその時この方に負けています。しかも今回は病み上がりで、以前よりも条件が悪い。
 もうすっかりあきらめムードになってしまい、「一回戦で負けて早く家に帰って、体を休めなさいということだな」なんて思ってしまいました。

試合開始


 立礼から大小を抜刀して蹲踞。「はじめ」の号令で立ち上がって、上下太刀(二刀の代表的な構え、上段の構えの一種)に構えながら、右足を半歩前に出した。
 足の裏とつま先は、抗がん剤の影響でしびれていて、感覚がない。自分の足が今、どんなふうに床をとらえて接しているのかが、まったく分からない。
 しかも二刀は、片手で竹刀を保持しています。この手に力が入っていない。握力がないのです。
 こんな状態で戦えるのかと、自分でも思いました。

 しかし、状況が違うことに気がついた。攻めて相手を追い詰めているのは、私の方なのです。
 お相手の動きがよく見える。体力には自信がないものの、怖さは感じないのです。

 下がるお相手をさらに攻め込んで、その手元が上がったところを「小手」で仕留めた。
 そして、試合時間が終了し、一本勝ち。

 ちょっと自分でも信じられませんでした。どうしてこんな展開になったんだろうと。
 その後も、トントン拍子で勝ち進んでしまい、終わってみれば壮年の部で優勝していました。

壮年の部で優勝、そして総合の決勝へ


 部門別のトーナメントが終わると、最後は総合の決勝に。
 私のお相手は、青年の部で優勝した20代の強豪校剣道部コーチ。

 こんな体の状態で、ケガをしないで帰れるのかと思いましたよ。
 健康だった時も、現役選手とやる時は、少なからずそう思ってましたから、この状態ではなおさらです。
 しかし、逃げるわけにはいきませんから、腹をくくりました。

 試合が始まりました。
 私は、前に出て自分から打突の機会をつくることだけ考えた。そうすれば、あとは自然と体が動くだろうと。待っていては、現役選手のスピードに対応できませんからね。

 そんな中、互いに打突して体が接触した時に、私が大刀を落としてしまった。
 これで、反則1回。あと一つ反則を取られれば、お相手に一本がついてしまう。
 やはり、握力がないんです。こんなことで、竹刀を落とすなんて。

 ちょっと弱気になりかけましたが、気持ちを強く持ち直しました。
 そして、一足一刀の間合いから、さらに後ろにあった左足を一歩前に出しながら攻め込むと、お相手の動作の"起こり"が見えた。
 その瞬間、私の大刀の重心はお相手の竹刀の裏鎬(うらしのぎ)まで到達していました。そこから自分でも信じられないような力で、振り下ろした。

 「小手あり」

 審判の声が聞こえた。
 なんと先制したのは私。充分な手応えもありました。

 しかし、このあとがいけなかった。
 お相手は、このあと明らかに戦い方を変えてきた。このままでは分がないと思ったのでしょう。鍔迫り合いから体当たりを仕掛けて、私がバランスを崩したところを「引き胴」。これが一本になって、勝負に。

 私の体力が限界に達し、集中力を欠いたところを、竹刀で大刀をたたき落とされて反則に。
 先ほどの反則と合わせて、お相手に一本が入り、勝負あり。
 試合終了となった。

試合を終えて


 悔しさはありませんでした。 
 体力の限界までやりましたから。よくここまで出来たなと。
 「竹刀落とし」と「引き技」。総合の決勝では過去に何度もこれでやられているので、観ていた方たちにはどう映ったのかなぁなんて、心配になりましたけど……。

 閉会式を終えて着替えようとしていると、青年の部で準優勝された方が、声をかけてきた。
 「総合の決勝で"小手"を先制した時、会場からものすごい歓声が上がってましたよ。感動しました」
 観ていた皆さんがそういう反応をされていたのは、驚くとともに本当にうれしいことです。

 また、総合の決勝で主審をされていた先生は、「本当に、白血病で入院していたの?」っておっしゃってました。笑

 そして、大会役員席にいた審判長(剣道八段)も、周囲の先生方と私のあの「小手打ち」を話題にして、盛り上がっていました。二刀の「出小手」はどうやって打っているのだろうと。
 その輪の中に、身振り手振りでそれを再現しながら、笑顔でレクチャーする方がいました。この前々年の秋季大会で、私のチームが団体戦三連覇し、総合優勝までした大会の懇親会で、一人だけ笑顔のなかったあの先生です。市剣連のアンチ二刀、最後のお一人。(その様子はこちら

 しかし、もう"アンチ"ではないようです。帰り際に私に対して、「どうもありがとうございました」とあいさつしてくださった、満面の笑みで。
 正しい二刀をやっていけば、必ず伝わると信じてやってきましたが、こんなにも早く、皆さんに理解していただけるとは思っていませんでした。
 
 しかし、気の緩みは禁物。今後も見られ続けられますから、さらに精進しなければなりません。
 再び、剣道ができる喜びをかみしめながら。


追記
 この4カ月後の試合については、すでに記事を投稿しております。
 平成30年 千葉県剣道選手権大会出場の模様はこちら
 

2019年6月19日水曜日

平成29年 第16回剣正会オープン剣道大会 体調不良は大病の初期症状だった

大好きなはずの試合が楽しくない


極度の眠気とだるさ


 2017(平成29)年1月。第16回剣正会オープン剣道大会に出場させて頂きました。
 この大会は、この3年前に初めて参加させて頂き、その時団体戦で3位に入賞しています。(その模様はこちら

 この時も3位になった時と同じメンバーでチームを作って参戦。
 当日は、一番に会場入りして準備する気合の入れようでした。
 
 しかし、気持ちとは裏腹に体調が今一つ。
 思えば半年ほど前から、極度の眠気が続いている。最近は体がだるく疲れが取れない感じ。
 これから試合だというのに、ワクワクしない。
 開会式が始まったころには、「一回戦で負けて、早く家に帰りたい」なんて考えるようになっていました。

予選リーグ敗退


 3人制の団体戦で、私は大将。前二人は同じ道場の若手。予選リーグが始まりました。
 なぜか不運は重なるもので、この日はポイントゲッターの先鋒が、絶不調で負けが先行。
 中堅はウオーミングアップ中に、右足の甲を痛めて試合にならない。(後の診察で、骨折と診断)
 私も元気がなく、引き分けが精いっぱい。
 あっけなく予選敗退しました。

 「ああ、よかった」

 この時の私の正直な気持ちです。
 負けてよかったなんて、私が思うこと自体、体に異変がある証拠。
 しかし、この時はそれに気づけなかった。ただの風邪だと思ってしまった。

 午後からの個人戦はキャンセルして、駐車場に止めた車の中で休みながら、若手の試合が終わるのを待つことにしました。

 結局、昼食も取らずに大会終了までそこで爆睡。チームの若手に起こされて帰宅しましたが、その後、この体調不良は決定的なものになりました。

 自分の人生で、こんなことに直面することになるとは。
 予想なんかできませんよね。
 リバ剣して7年。52歳の冬のことです。


 急性リンパ性白血病と診断される経緯、入院、治療の記述はこちらから。
 
  

2019年6月18日火曜日

平成28年浦安市秋季市民剣道大会 初の総合優勝!

団体戦、壮年の部は3連覇


今回から秋季大会も「総合の決勝」を挙行


 2016(平成28)年10月。浦安市秋季市民剣道大会に出場しました。この秋季大会は3人制の団体戦のみ開催されます。
 この前年は、この大会で壮年の部連覇を達成しております。(平成27年大会の模様はこちら

 なお、今回は部門別のトーナメントだけでなく、その優勝者が「総合の決勝」を行なうことになったらしい。
 春に開催される春季大会(こちらは個人戦のみ)では、総合の決勝が行なわれています。なので、以前から秋季大会の団体戦も「総合の決勝を」という声は上がっておりました。
 今回、ようやくそれが実現したかたちになりました。

今回も同じメンバーで


 メンバーは不動のおやじチーム。今回も、壮年の部に出場のチームの中で、平均段位が最も低いチームでした。笑
 
 先鋒は40代半ばの逆二刀者。三段。
 中堅は私でこの時52歳。正二刀。四段。
 大将は還暦すぎたおじさんで一刀中段。三段。

 私が声をかけて結成したチームですが、こんなに注目を浴びることになるとは思いませんでした。
 この大会で、同一チームが連覇したのは初めてのことですし、メンバー一人ひとりが個人戦で優勝経験があるのですから。お相手にしてみれば、いやーなチームでしょうね。私だったらやりたくありません。笑

 しかし、市内のライバル道場の皆さんは、今回もメンバーを組み替え、新チームを作って参戦してきている。気を引き締めなければなりません。

壮年の部


 試合が始まって出だしは順調。
 しかし、2回戦でちょっとヒヤリとしたことがありました。

 その2回戦の私のお相手は、以前、春季大会の個人戦で対戦し、私が負けたことのあるお相手。今回はリベンジするチャンスと思い、試合に臨みました。
 以前の対戦で負けた時は、大刀側の拳(こぶし)を打たれて一本を取られています。(拳は打突部位ではありませんので、厳密には誤審)

 今回はそういう負け方はしたくないと思い、積極的に自分から攻めていった。そして、私が大刀で面にいったところを、お相手は竹刀で受けて胴を打ってきた。「面返し胴」です。
 二刀者は大刀で面を打ちにいった場合、小刀が自分の胴の前にありますので、自然に胴を防御しているかたちになる。
 この時も、お相手の胴打ちは、私の小刀に当たっただけ。しかし、その時の音が胴を打った音のように聞こえてしまったんですね、審判の方に。それで、一本になってしまった。今回も誤審……。

 先鋒は勝っていますが、これで私が負ければ大将戦にもつれ込んでしまう。こんな負け方だけはしたくないと思い、急にあせり始めてしまった。
 このお相手の方は、本当に隙がない。試合時間もあとわずかだと思われる。
 このままでは、一本負けになると歩み足で思い切って攻め込んだ。
 お相手の手元が上がったのが見えた時、そこをめがけて大刀を振り下ろしていました。

 「小手あり」

 審判の声が聞こえました。本当にホッとした。
 その後すぐに試合時間の終了の合図があり、引き分け。
 大将も引き分けて、チームは勝ち上がることができた。しかし、一歩間違えれば、危ない展開になるところでした。

 その後もチームワークよく勝ち進み、決勝戦に。
 この対戦も、先鋒の逆二刀者が勝ち。
 私は、お相手を崩しきれず、機をつかめないまま引き分け。
 大将も引き分けて、壮年の部の優勝を決めた。

 今回は、私は引き分けが多かった。いまいち調子に乗れなかった感じ。振り返ってみれば、機を逃した場面が、多々あったと反省しきり。
 しかし結果は、3連覇達成。本当にうれしかった。

総合の決勝


 壮年の部3連覇の喜びもつかの間、総合の決勝が始まるとの場内アナウンスがあった。
 前年までは、部門別のみの団体戦でしたが、この年は青年の部の優勝チームとの「総合の決勝」をやるという。

 普通は嫌がると思います、おやじチームは。若い人とやってもどうせ負けるからやだ、って言うんじゃないでしょうか。
 しかし、私たちおやじチームの先鋒と大将はやる気満々なんです。それを見て、私はおかしくて笑っちゃいました。まあ、私もやる気満々だったんですけどね。笑

 対戦相手は、青年の部の決勝で、30代の強豪大学OBチームを破った現役大学生チーム。
 この大会では、初めての試みである団体戦総合の決勝。会場にいる誰もが固唾をのんで、試合開始を待っています。

 対戦チームのオーダーを見ると、先鋒に最も強い選手を据えている。勝ち点を先行させようとする作戦。3人制の団体戦ではよく使われる手法です。
 一方、私たちおやじチームは単なる年齢順。そういった駆け引きはナシ。
 試合が始まりました。

 お相手チームは強豪校の現役剣道部員。瞬殺だけは避けたいところ。
 会場にいる誰もが、青年の部優勝チーム優勢を疑わなかったのではないでしょうか。
 
 先鋒戦。
 足さばき、打突、身のこなし、何をとってもこれまでのお相手とは、速さが違う。
 しかも、逆二刀を相手に防御も完璧。さすがに、現役選手は順応が早い。大刀側の小手を執拗に狙ってきている。
 おやじチームの逆二刀者はよくしのいで、引き分けに持ち込んだ。
 まずは、先鋒で勝ち点を先取するというお相手チームの思惑は、阻止することができた。
 
 中堅戦。
 ここで私が勝ち点を取って、優位に試合を進めたいところ。大将は、年齢差があり過ぎますから。大将に勝敗をゆだねる展開にはしたくない。
 しかし、試合が始まってみると、お相手は私と勝負してこない。引き分けに持ち込んで、大将戦で決着させようという作戦です。
 こういう戦い方は、壮年の部ではやる方はいません。やはり現役選手は勝ち負けにシビアですね。どん欲に総合優勝を狙ってる。
 のらりくらりとかわすお相手を攻めきれず、引き分けになってしまった。
 
 大将戦。
 試合を見ているほとんどの人が、おやじチームには分がない、と思ったんじゃないでしょうか。
 私もそう思いました。ああ、これで終わりだと。
 しかしね、我がおやじチームの大将、打たれないんですよ。ホントに。
 危ない場面は何度かありましたけど、負けないんですよ、打たれないから。
 なんと、引き分けに持ち込んじゃった。
 これは、観ていて驚きました。最低段位のおやじチームが、青年の部の優勝チーム相手に、代表戦ですって。
 場内からは、歓声とどよめきが起こった。

 代表戦。
 試合を終えた大将が戻ってきて、代表に指名したのは私。
 この日は、調子が今一つでしたが、そんなことは言っていられない状況。
 お相手チームの代表は、思った通り先鋒の選手。
 試合が始まりました。

 代表戦は、一本勝負です。体力のことを考えれば、早く決着をつけたい。歩み足でどんどん攻め込みました。
 お相手は、近間(ちかま)を嫌って間合いをとりたがっている。小刀で竹刀を押さえられるのを、警戒しているようだ。

 お互いに決まり手がなく、試合時間は、10分を超えていたと思います。いつもなら、私はとっくに息が上がっているはずですが、この時は少しも疲れを感じません。
 気迫は充実したまま。心は非常に冷静でした。

 お相手とは、互いに「出ばな」を取り合って、相面になる場面が何度もあった。
 「これは、ちょっと危険だな。ヘタをすると一本をとられてしまうかもしれない」と、弱気になりかけた時が一瞬あった。
 しかし私は、相面になった時のお相手の竹刀が、正中線からわずかにはずれていることに気づいていた。

 「やっぱり、相面で仕留めよう」

 そう決意した直後、石火の機に相面になった。正中線を制して「正面」をとらえたのは、私の大刀でした。
 審判の旗が3本上がると同時に、ものすごい歓声が場内に響く。

 ついに勝った。総合の決勝。しかも代表戦で。
 観客はみんな大喜び。中でも一番喜んでいたのは、大会役員席の先生方でした。笑

懇親会


 大会後の懇親会も大盛り上がり。
 選手の私たちより、観ていたおじさん剣士たちが喜んでくれて、大騒ぎ。
 本当にうれしかった。皆さんがこんなに応援してくれ、優勝を喜んでくれるとは思いませんでした。

 部門別で3連覇して、今回は総合優勝も。
 おやじ3人で勝ち取った偉業です。
 こんなことが起こるんですね。剣道って本当に面白い!
 リバ剣して7年目の出来事です。


追記
 この懇親会で、一人だけ笑顔のない先生がいました。
 この方は、市の剣連に"アンチ二刀"が3人いたうちの、最後の一人。(そのアンチっぷりはこちら
 "アンチ"だからといって笑顔がなかったわけじゃないんです。この時、仕事上の重大なトラブルを抱えていたそうで、元気がなかったのです。
 この方は大会役員ですから、一応、優勝者としてお席までご挨拶にうかがった。
 すると、小さな声でお礼の返事をいただきましたが、心痛な面持ちでしたね。

 この2年後に、アンチ二刀ではなくなったこの方の笑顔に、出会うことになります。


2019年6月16日日曜日

平成27年市川市民剣道大会 打たれて感謝!感動的な一本‼

昇段して出場部門変更


四、五段40歳以上の部


 2015(平成27)年10月。市川市民剣道大会の個人戦に出場しました。

 この大会は、2012(平成24)年と2013(平成25)年に部門別で連覇しています。(平成24年大会の模様はこちら。平成25年大会の模様はこちら
 その時は、「三段以下45歳以上の部」という部門。大人になってから剣道を始めた方と、私のような"リバ剣"組が多い部門でした。

 今回は、この年の8月に四段に昇段しておりますので、「四、五段40歳以上の部」への出場となりました。(四段審査の記述はこちら
 この時私は51歳。この部門ですと10歳も若い方と当たる可能性がありますし、長くこの部門に出続けている年配の方もいらっしゃる。
 初めて出場する部門ということで、様子がまったく分からず、ちょっと不安でした。
 

試合開始


 「四、五段40歳以上の部」の出場者の方々を見ると、以前の部門の出場者の方々と比較して、体格が大きく見える。気のせいかも知れないが、日頃の鍛錬の違いだと思うと、いっそう不安な気持ちになる。笑
 トーナメント表を見ても、誰も過去に対戦したことがある方はいない。
 いよいよ試合が始まりました。

 以前の「三段以下45歳以上の部」では、試合コート内を中段に構えて、右に左に動き回る方が多かったのですが、この部門になると、もうそういう方はいませんね。
 奇をてらって打ち込んでくるようなことはせず、理合(りあい)のある技を出している。大人の剣道の試合らしくなってきました。

 私は自分でも以外でしたが順調に勝ち進み、準決勝まで駒を進めました。

準決勝のお相手


 準決勝のお相手は、年齢がなんと70歳ぐらいと思われる方。
 この市民剣道大会は出場者が約300名いますが、その中でも最高齢だと思います。
 その方が、この部門にいるのです。

 この方は、剣道五段ですが、実力的にはもうとっくに七段以上になっていなけれはおかしい人。
 実際に、どんな若手現役選手もこの方に相対したら子供同然。自分の思う通りの剣道なんてさせてもらえません。ご自分より段位が上の七段の方々も、コテンパンに打ちのめしてしまうのです。
 ちょっとこういう方は、見たことがありません。気迫と体力が半端じゃない。

 信念があって六段以上の審査は受けないそうですが、市の剣連ではある意味、非常に恐れられた存在です。
 しかし、出稽古先でお会いしたりすると、笑顔で声をかけてくださり、素晴らしい人格者でもあります。

 そんなお方が、今、私の前に立ちはだかっているのです。

心を打たれた一本


 試合が始まって意表を突かれた形になった。
 私はこの方とは、出稽古先で何度も稽古をお願いしていて、手の内も解っていたつもり。攻略する自信もあったんですが、なんとお相手は諸手左上段に構えている。
 普段は中段の構えで稽古している方です。上段に構えているところなど見たことがありません。二刀対策としての「上段の構え」のようなのです。

 しかし実際には、二刀は特に「上段」を苦にするということはありません。どちらかと言えば、対上段は得意な方でしたので、好都合だと思った。
 それが間違いでした。

 諸手左上段の左右の小手は、上下太刀に構えた二刀からしてみれば、大刀で非常に打ちやすい位置にあります。それを簡単に仕留められると思ってた。
 私は機をみて上段に構えたお相手の「右小手」を打ちにいった。同時にその出ばなをとらえたお相手が「面」にきた。
 お互いに打ち損じました。しかし、審判の旗はお相手の方に上がっていたのです。
 
 この時は、まだ落ち着いていました。充分取り返すことができるだろうと。
 機を見たつもりが、逆に出ばなをとらえられたことを教訓に、しっかり居付かせるか崩すかして打とうと思った。
 その通りにお相手が居付いたところを、もう一度「右小手」。今度は一本。

 これで勝負に。もう一本取った方が決勝進出となる。

 しかし、ここからがお互いに攻め崩せなくなって決まり手がなく、延長戦に入った。
 試合時間は20分を優に越している。
 左右の小手打ちは読まれて打つ手がなくなり、私はこう決断した。

 「相面(あいめん)で仕留めよう」

 お相手は終始一貫、私の「面」だけをとりにきている。そこに私の弱点があるとみて、そこだけを狙っているようだ。
 ならば、こちらもその面に合わせて、得意の「相面」で仕留めようと決意した。

 お相手は諸手左上段、私は正二刀の上下太刀。お互いの気勢が充実しきって、もう後戻りすることが出来ない"石火の機"に、渾身の「出ばな面」を打った。
 この"石火の機"にお相手が打ったのは、私の「右小手」。大刀を持った方の「小手」です。「出小手」が決まったのです。観覧席からは、「オォーッ」という歓声が上がりました。

 お相手は、これを待っていたんですね。私が「相面」が得意なのを知っていた。その機会をひたすら待っていたんですね。
 そうとは知らずに、機をとらえて「相面」にいったつもりでしたが、動かされたのは私の方だったんです。そこを見事に「出小手」で仕留められてしまった。

 完敗でした。これ以上の素晴らしい一本は、打たれたことがありません。
 試合中にもかかわらず、「参りました」と言ってしまいました。
 "心を打つ一本"とは、こういうことなんですね。

 「四、五段40歳以上の部」の初参戦は3位に終わりましたが、忘れることのできない大会になりました。

 剣道は「活人剣」。胸に刻みます。
 

2019年6月14日金曜日

平成27年浦安市秋季市民剣道大会 壮年の部、団体戦連覇!

ようやく理解された「正しい二刀」


"ひな壇"の先生方


 リバ剣して6年目の2015(平成27)年10月。浦安市秋季市民剣道大会に出場しました。
 毎年、秋季大会は団体戦のみ開催されます。3人制で、40歳以上の壮年の部と40歳未満の青年の部に分かれます。

 この年は、春季大会(個人戦のみ開催)の壮年の部で2度目の優勝を果たしております。(その模様はこちら
 秋季大会も前年に優勝していますので、連覇がかかっていました。(前年の秋季大会の模様はこちら

 以前、市の剣連の会長さんが「アンチ二刀」だったのが、私の試合を観て、そうではなくなった時のことを書きました。(その記述はこちら
 しかし、市の剣連にはあと二人、"アンチ"の方がいらっしゃるんですけど、今回、そのうちのお一人の様子が、今までとちょっと違うんです。

 剣道大会には通常、大会役員や来賓が座る上席が設けられています。俗に「ひな壇」と言われる席。
 大会中、ここに着席されている先生方は、試合を観ているんですが、複数ある試合場のどの試合を観ているかは、こちらから見ればよく分かるのです。どの方がどの会場の試合に興味があるのかないのか。
 この「ひな壇」にあと一人、二刀をあまり快く思っていない方が、いらっしゃる。
 その方は、二刀者が試合に出てくると見向きもせず、他の会場を観ていたのですが、今回は私の試合をちゃんと観ていたようなんです。

壮年の部、3人制団体戦


 チームは前年のこの大会に出場する時に結成したおやじチームのメンバー。
 先鋒は、40代半ばの二刀者。逆二刀。
 中堅は私で、この時51歳。正二刀。
 大将は還暦を過ぎた一刀者です。
 
 前年は、あれよあれよという間に勝ち進んで優勝してしまいましたが、この年はちょっと雰囲気が違いましたね。
 壮年の部の他のチームは、それぞれメンバーを入れ替えて闘志満々という感じ。皆さん優勝をねらってきているんですね。

 それはそうだと思います。プライドがおありでしょうからね。
 前年の大会の時、私たちのチームは全員三段で、壮年の部では最も低い段位のチームで優勝してしまいましたから。
 この年は私が四段に昇段していますが(その審査会の模様はこちら)、相変わらず壮年の部の中では最も平均段位が低いチーム。
 他のチームは、平均年齢も若いし高段者もいる。皆さんかなり気合が入っていました。

難関は準決勝


 準々決勝までは順調に勝ち進み、私自身も全勝。
 問題は、準決勝のお相手チーム。私たちよりも若くて高段者ばかり。
 しかも、お相手チームの3人は、私たちがそれぞれ苦手としている方。

 先鋒戦は予想通りかなり苦戦する展開になっていました。
 いつもなら、グイグイ攻め込む逆二刀者が、攻め込めないでいる。お相手が大刀側の小手をねらって攻めてきているからなんです。それを嫌って大刀を持った左手を引くもんだから打てない。対二刀をかなり研究されていますね。
 お互いに有効打突なく、引き分け。 お相手の試合運びのうまさが目立ちました。

 中堅戦。私のお相手は剣道六段の女性。年齢も私よりも若い。
 それまで何度か対戦していますが、すべて引き分け。非常にやりにくいお相手で、試合巧者。
 ブランクの長いリバ剣おやじは、この"試合経験"の少なさだけはどうにもならないんです。剣道を継続してやってきた方々には、かなわない部分なんですね。
 私の得意とする「出ばな技」がことごとく封じられてしまって、時間だけが過ぎていくっていう感じ。あせりが募る一方で、自分の剣道ができない。今回も引き分けに終わりました。

 少なくとも、先鋒の方か私のどちらかが"勝ち点"をとって、大将に回さなければならないところを、勝ち点なし。今大会私たちのチームでは初めてのケース。祈る気持ちで大将戦に。
 流れとしてはあまりよくない流れのように感じていましたが、大将はよく踏ん張ってくれて、引き分け。
 勝負の行方は代表戦にもつれ込みました。

 お相手のチームは、代表戦になった場合は先鋒の方が出ると決めていたらしく、もう面をつけ始めている。
 私はチームの二人からうながされて代表戦に出ることになり、面をつけ始めた。

 代表戦のお相手は、剣道六段の男性。年齢は私とあまりかわらないと思います。初めての対戦で、どんな剣道をしてくるのか分からない。
 先に準備を終えたお相手は、余裕綽綽(しゃくしゃく)といった感じで待っている。

 私が面をつけ終え、試合開始。立礼から大小を抜刀して蹲踞。「はじめ」の号令で立ち上がった。
 スルスルと間合いを詰めるお相手。
 「間合いが近いな」
 と思った瞬間、もう打っていました。

 「面あり」

 主審の声が聞こえた。初太刀で一本をとりました。
 これで、決勝進出です。

 決勝戦は、私は引き分けでしたが、先鋒と大将が頑張ってくれて優勝することができました。2年連続です。
 この年も、いいチームワークで勝ち進むことができた。3人とも、それぞれいいところが出て満足できた大会になったと思います。
 こうなると、目指すは翌年の3連覇ですね。

「理」は伝わる


 大会役員席に座った一人の先生。剣道八段で強豪校の剣道部顧問。
 私が試合の合い間に他のチームの試合を観戦していると、この人が私のところへ歩み寄って来た。
 「さっきの一本をとった打突は、どこを打ったの?」って聞いてきた。
 ひな壇からは遠くてはっきり分からなかったようだ。

 それから何試合かして、決勝に備えていると、またやってきて同じことを聞かれた。
 いずれも、私が「出小手」で一本をとった時のことを聞いているんです。

 逆二刀が相手の右小手を打つのはよく見る光景ですし、左手に持った大刀で相手の竹刀の裏側にある右小手を打つのは、簡単にイメージできると思います。

 しかし、正二刀が右手に持った大刀で、相手の竹刀の裏側にある右小手をどうやって打っているのか解らない、というのです。
 しかも、相手が打とうとする"起こり"を打つ「出小手」で仕留めているので、そういう場面を見たのは初めてなのだそう。
 どういう太刀筋で、本当に正しい刃筋で、打っているのか、それが知りたかったようです。

 変われば変わるものですね。以前は二刀の立会いなんて見向きもしなかった方ですからね。二刀に対してあまりよいイメージを持っていなかったようです。
 しかし、この日は二刀の理合(りあい)に興味津々。
 正二刀の出小手の打ち方を、懇切丁寧に教えてあげました。笑

 何を隠そうこの人は、私の母校の現在の剣道部顧問。
 「ひな壇」に戻ると周囲の先生方に、正二刀の「出小手」のレクチャーを得意げにしているのが見えました。笑

 市の剣連で、「アンチ二刀」はあと一人。その人とは、意外なかたちで和解することになります。


2019年6月8日土曜日

平成27年浦安市春季市民剣道大会 部門別で優勝するも、またも総合の決勝で敗れる

総合の決勝の壁は厚い


この大会2度目の部門別優勝


 2015(平成27)年5月。浦安市春季市民剣道大会(個人戦)に出場しました。
 この大会は、平成24年に出場した時には壮年の部で優勝しています。(その模様はこちら
 この年は、リバ剣して5年が過ぎ、市内の近隣道場の皆さんにも顔と名前を憶えて頂けるようになった。
 試合当日、会場入りすると他の道場の方々から、次々と声をかけられた。

 「今日は試合にでないんですか?」

 私、ちゃんと試合の準備をして、竹刀と防具を持って歩いているのに、みんなそうやって聞いてくるのです。
 何かちょっとおかしいな、と思っているところに、先に会場に到着していた妻がやって来た。

 聞くと、プログラムの出場者名の中に私の名前が入ってないらしく、トーナメントにも組み込まれていないそう。
 私が試合参加の手続きをしていたことを知っていた役員の方が、今、大会本部に掛け合っているとのことでした。

 それで納得。だからみんな"期待を込めて"聞いてきたんですね。誰も試合で二刀者となんて当たりたくないですもんね。しかし、そうは問屋が卸しません。笑
 所属道場の参加者を取りまとめた方の勘違いで、私の名前だけが抜けてしまったようで、すぐに参加が認められました。地元の市民大会ですからね。まあ、そのへんはアバウトです。微笑

 会場内のホワイトボードに貼られたトーナメント表の一番端に、私の名前が付け加えられました。

試合開始


 一回戦のお相手は、同じ道場の高段者の方。
 通常はこういう組み合わせはあり得ません。一回戦だけは、同門対決にならないように組まれますから。 
 しかし、今回はかの事情でこんなことに。

 この先生にはいつも稽古をお願いしています。出ばな面が得意な先生で、私は小刀をあえて遣わず、大刀だけでガチンコの相面(あいめん)で稽古するようにしています。
 しかし、今日は試合。あえて合わせて面にいくようなことはせず、居付いたところを「面」で二本取りました。
 役員の手違いとはいえ、ちょっと申し訳ないことになってしまいました。

 二回戦以降は、近隣のライバル道場の方々と、次々に当たりました。
 初対戦となったのはお一方だけで、あとは今まで数回対戦している方々。皆さん非常に対二刀を研究されています。
 市民大会でではありますが、そうやって警戒される立場になるなんて、リバ剣した当時には考えられなかったこと。(リバ剣して初めての試合はこちら
 この2,3年で取り巻く環境が変わりました。簡単には勝たせてもらえない。"打倒二刀"にかけているのが、伝わってくるんですね。ほとんどの試合が長い延長戦になりました。

 以前でしたら試合が長時間になると、"奇策"を考えてお相手の意表をつくような技を仕掛けることが多かったと思います。それがうまくいくこともありますが、裏目に出ることが多々あった。
 しかし、今回は我慢に我慢を重ね、お相手の構えを崩すことだけを考えた。そうすれば必ず打突の機会が生まれると。二回戦以降は、まさにそういう状況を作って一本を取り、試合を決めることができた。

壮年の部は優勝


 今回もなんとか壮年の部の決勝戦までこぎ着けました。
 お相手は、この市民大会では最も多く対戦している方で、私よりも若く高段の方。
 非常に稽古熱心な方で、立合うたびに手ごわくなっていることを、ひしひしと感じる。

 決勝が始まるとすぐ、果敢に攻め込んでくるお相手。私の癖がかなり研究されているのがわかります。一瞬でも気を抜けないばかりか、前半は気迫に圧倒されて、なすすべなしといった状況。

 「なんとかしなければならない」という気負いがあって、鍔迫り合いから攻撃を仕掛けようとした刹那、「引き胴」を打たれてしまった。
 一本を取られてもおかしくない打突だと思いましたが、幸い旗を上げた審判は一人だけ。危ないところでした。

 そして間もなく試合時間が終了し、延長に入りました。ここからは、一本先取した方が勝ち。
 ここまではお相手に攻め込まれる展開が続いていて、そういう苦しい展開になると足さばきが「送り足」になってしまう傾向がある。もっと大胆に攻めて準決勝までのように、お相手の構えを崩さなければと考えた。
 恐怖心を捨てて思い切って「歩み足」で攻め込んだ瞬間、この試合で始めてお相手の構えが崩れた。その時、私の身体はすでに反応していて、打突は完了していました。
 「面」で仕留めました。審判の旗は同時に3本上がったそうです。

総合の決勝


 前回(平成24年)の総合の決勝は20代半ばの現役選手に「引き胴」をとられて負けました。
 今回の青年の部の優勝者は30代半ばで、強豪校(大学)OBの方。初めての対戦になります。

 「上手いな」

 試合が始まってすぐに思った。"ご自分の間合い"をつくるのが上手んです。
 間合いというのは、相手と自分の間の単なる距離ではないのです。
 「自分にとっては打てる間合いでも、お相手にとっては打てない間合い」
 間合いの攻防の中でそういう間合いをつくること、それが"自分の間合い"になります。

 このお相手は、私にその間合いをつくらせない。あっという間に、ご自分の間合いにしてしまうのです。
 打っていくことができれば、当たると思うんですよ。でも、打っていけない。打てる体勢になっていないんですね、攻め込まれてしまっている。自分の間合いではないわけです。

 お相手の方も、対二刀を攻めあぐんでいる様子で、有効打突につながらない。
 試合は、延長戦になりました。

 お相手は、延長に入ってもますます血気盛ん。私の方は、息が絶え絶え。
 体力を温存しようと足を止めた瞬間でした。
 大刀側の小手(右小手)の拳(こぶし)を打たれた。
 拳部分は打突部位ではありません。主審はそれを見極めていましたが、副審の二人が旗を上げてしまい、一本になってしまった。これで試合終了です。

 厳密にいえばこれは誤審です。しかし、試合内容はまったく勝ち目のある試合ではなかった。第一、自分の間合いが一切つくれなかった。
 最後は足が止まって、よけられる打突をよけきれなかったわけですから、一本を取られても仕方ありません。
 非常に学ぶところが多く、勉強になった試合でした。


 大会後の懇親会。
 大会顧問のOOT先生(元警視庁剣道主席師範 八段範士)から、直々にアドバイスをいただきました。

 「年齢とともに体力が衰えていくのは当たり前のこと。しかし、気迫はますます充実させることが出来るんですよ。年齢を重ねたら、気迫で戦うんです」

 胸に刻みます。


2019年6月4日火曜日

平成26年浦安市秋季市民剣道大会 団体戦壮年の部で優勝!

リバ剣後、初めての団体戦優勝


"おやじチーム"結成


 2014(平成26)年10月。浦安市秋季市民剣道大会の団体戦壮年の部に出場しました。
 この秋季大会は個人戦は行なわれず、3人制の団体戦のみ。

 2010(平成22)年に出場した時は、年齢による部門分けはなく、若手チームに敗北。(その時の模様は、こちら
 今回は、40歳を境にして部門別で行なわれるということで、おやじチームを結成して参戦することにしました。

 前回までは、団体戦のメンバーの編成は、所属道場の先生にお任せしていました。
 しかし、今回は優勝を狙えるチームを作りたいと思い、自分で決めさせて頂きたいとお願いし、了承された。

 所属道場には、市民大会の個人戦で優勝経験がある方が、私以外に数名いらっしゃる。
 そのうち、道場の稽古に毎回来られている方は2人。
 その方々に声をかけさせていただき、すぐに"OK"の返事をもらいました。

 最初に声をかけさせていただいたのは還暦を迎えたばかりの男性。10年ほど前に市民大会個人戦で優勝したことがある方。他の道場からは曲者(くせもの)としていつも試合では警戒されている。一本を取るのが非常にうまい試合巧者です。

 もう一人は、40代半ばの男性。私と過去に個人戦で対戦したことがある方。高名な二刀者のお弟子さんで逆二刀の方です。(対戦した時の模様はこちら
 この方も数年前に、個人戦で優勝経験があります。

 お二人とも、学生時代に剣道三段を取得したそうですが、最近は段審査を受けておらず三段のまま。
 このころ私はリバ剣して4年目で50歳、三段を取得したばかり。
 壮年の部の中では最も平均段位の低いチームです。笑

 順番は年齢順にしましょうということになって、逆二刀者が先鋒、私(正二刀)が中堅、曲者が大将で試合に臨むことになりました。

試合当日


 会場入りの時間になっても、大将が来ない。電話をかけても応答がない。
 午前中は小学生の部が行なわれ、午後が一般の部なんですが、昼になっても連絡もつかない。
 どうしたことかと気をもんでいると、一般の部開始直前になって会場に姿を現した。

 顔色が悪い。体の具合が悪いのが一目で分かった。
 体に力が入らないらしい。前日までの稽古のやりすぎです。
 疲労のピークが試合当日にきてしまう、最悪のパターン。年配者がやりがちですね。(実は数年後に、私も千葉県選手権大会に出場したときに、やってしまった。その様子はこちら
 出場をあきらめるよう言いましたが、本人は大丈夫の一点張りで出場するという。
 ならば絶対に無理はしないで、と言うしかありませんでした。

試合開始


 私たちのチームは3人のうち2人が二刀者ですから、お相手はかなりやりずらそうにしている。
 準決勝までは順調に勝ち進みました。まさに快進撃って感じ。

 先鋒は引き分けはあるものの負けなし。
 中堅の私は全勝。ここまでの試合は、勝ち点を確保したまま大将に回すことができた。
 体調が心配された大将は、無理をせず全試合引き分け。
 あれよあれよという間に決勝戦です。

決勝


 決勝戦のお相手は、地元のライバル道場チーム。段位も経験もお相手の方が上です。

 試合は接戦になりました。
 先鋒の逆二刀者はチームの中で最も試合慣れしている方ですが、かなり苦戦している。有効打突なく引き分け。
 続く中堅の私もいいところなく、引き分けてしまった。
 これはやってはいけなかったこと。体調が悪い大将に勝負をゆだねる形になってしまった。今大会で、初めて勝ち点なしのまま大将戦に。

 こちらの大将は無理ができないため、防戦一方になるんじゃないかと思った。
 そういう展開になれば、負ける確率が高くなる。なんとか試合時間いっぱいしのいで、引き分けに持ち込んでくれればと固唾をのんで見守った。
 
 大将戦が始まって目に飛び込んできたのは、信じられない光景です。
 あれだけ具合が悪かったのを無理に出場したんですから、決勝までくればとっくに限界を超えているはず。なのに、グイグイ攻めて一本を取りにいっているのです。
 実力のあるお相手ですから、守りに入れば負けてしまうとわかってのことなんですね。
 しかし、体に力が入らないらしく、打っても打っても弱い打突にしかならない。とても一本になりそうな打ちじゃないんですけど、気持ちでどんどん前に出て行っているんです。

 私、見ていて感動して涙がでそうになっちゃいまして、曲者(くせもの)どころじゃない、本当に素晴らしい試合を見せてもらいました。
 そして試合時間が終了し、引き分けになった。

代表戦


 驚きと感動の余韻に浸っているところに大将が戻ってきて、私に声をかけてきた。
 代表戦の選手に私を指名したのです。私は我に返って"面"を着けた。
 大将の「勝ち」に対する執念を目の当たりにし、勝つこと以外ありえないと思いました。

 代表戦のお相手は先鋒を務めた方。年齢も私より若いし、段位も上です。
 しかし、もはや相手は誰でもいいって感じです。力はみなぎっていました。
 試合開始直後、豪快な「出ばな面」で仕留めました。

 リバ剣後、団体戦での優勝はこれが初めて。素直にうれしかった。個人戦の優勝とはまた違う喜びがありますね。
 リバ剣しなかったら、こんな気持ちは味わえなかった。チームワークの勝利です。

 なんといっても、還暦をすぎて、しかも体調が悪いにもかかわらず、最後まで大将としての役割を果たそうとする姿に、心を打たれた方は多かったと思います。
 もう、曲者なんて言う人、いないんじゃないでしょうか。笑


 今回、結成した"おやじチーム"。翌年の秋季大会も旋風を巻き起こすことになります。


2019年6月3日月曜日

平成26年 第13回剣正会オープン剣道大会 初出場で団体3位

ユニークな剣道大会


リバ剣後、市民大会以外は初めて


 この大会の存在を知ったのは、この1年前(2013年)。
 「オープン大会に出ないんですか?」
 ある若手実業団選手に声をかけられたのがきっかけでした。

 どんな大会か聞いてみると、エントリーすれば誰でも出場可能で、年齢、居住地、職業、経歴は多様。しかも、そこそこハイレベル。
 教員を始め公務員、実業団選手、強豪校OBなんかも出でくるらしい。
 年々出場希望者が増え、規模が拡大しているから、出場してはどうかと勧められた。

 私、試合大好きなので、興味深々で聞いてました。
 それまでは市民大会しか出場したことがありませんでしたので、その他の大会にも出てみたいと思っていたところでした。(この直近の市民大会の模様はこちら
 そして、心を動かされる言葉がありました。

 「入賞者にはトロフィーやカップが授与されるのではなく、お米や野菜、洗剤などがもらえるんですよ」

 これは面白いと思って、すぐに出場を決めました。笑
 実際問題として、トロフィーやカップをもらってもあまりうれしくありません。子供ならまだしも。
 試合に勝ったら日用品がもらえる大会があるなんて、知りませんでした。なんてほほえましい大会なんだろうと。
 道場の若手二人を誘って、1年後の大会を楽しみにしていました。

ユニークですが至ってまじめな大会


 2014(平成26)年1月。千葉県某所。
 試合会場に到着すると、壁に掲示された予選リーグ組み合わせ表の前に、人だかりができている。そして、なぜか皆、組み合わせ表を見て笑っているのです。
 私も、組み合わせを確認するため表をのぞき込んでびっくり。団体戦のチーム名が普通じゃない。

 通常は所属道場名や学校名、企業名などの団体名をそのままチーム名にします。
 この大会も私たちは所属道場名で登録してあります。しかし、そういうチームは少数派。
 他の大多数のチーム名は、例えばこんな具合。
「小手しか打てないチーム」(結果的にこのチームが優勝。超強豪チームでした)
「本物の巨人と仲間たち」(選手の一人に身長190cm以上ある方がいました)
「セーラームーン」(40歳代と思われる女性チーム。アニメのセーラームーンも実年齢はもうこれぐらいになっていると思って納得。笑)

 剣道の大会なのに、こんなふざけた名前をつけてもいいのかなって心配になりました。苦笑
 おちゃらけた大会なら、参加してもしょうがないんじゃないかと。
 しかし、そんな和やかな雰囲気も開会式が始まって一変しました。大会役員席に並ぶ先生方の顔ぶれがすごいのです。
 大会会長は剣道八段の方。副会長は開催地の市剣連名誉会長(TNK先生)。審判長も八段の方。
 至ってまじめな大会と分かり、ひと安心しました。

予選リーグ


 この大会の団体戦は3人制。私のチームは全員同じ道場で、先鋒と中堅は若手にお願いして"年寄り"の私は大将に。リバ剣後、大将を務めるのは初めて。大会役員席にはTNK先生もいらっしゃるので、恥ずかしい試合はできません。汗(TNK先生とは、こちら

 予選リーグでは、聴覚障害のある方々で結成されたチームとの対戦がありました。
 ろうあ者が剣道をされているのは、マスコミに取り上げられたりして知ってはいましたが、実際に対戦するのはもちろん初めてです。
 お相手は、審判の号令が聞こえませんので、ご自分に不利にならないのかな、なんて心配してました。しかし、立合いが始まって、それが余計なお世話だとすぐに分かりました。

 立礼から抜刀して蹲踞すると、お相手は私を見ている。
 審判を見ると思ったんですよ。号令が聞こえないでしょうから、目で審判の口元を見ると思ったんです。
 しかし立会い中、お相手がそういう動作をすることはほとんどありません。間(ま)と気(き)で号令のタイミングを読んでいるんですね。
 そうすると、号令を耳で聞いている私の方が、反応が遅れてしまうんです。
 「はじめ」と号令がかかって攻めようとすると、先に攻め込まれてしまう。
 微妙なタイミングの差なんですけど、それが脅威になって、前半は何もできませんでした。

 審判の号令を聞いて瞬時に動作を起こそうとする。それ自体が後手に回っているということが解った。
 後半は、冷静に見られるようになって、お相手の技を引き出したところを仕留めた。
 試合には勝ち、チームとしても勝ちましたが、大変勉強になりました。

 試合後にお相手チームに挨拶に行くと、皆さん喜んでくれました。言葉は通じてませんけど、決勝トーナメントに進む私たちを身振り手振りで激励してくれた。私のお相手の方は、満面の笑みで上下太刀の構え(二刀の代表的な構え、上段の構えの一種)をしてくれました。笑

決勝トーナメント


 若手の活躍で順調に勝ち進みましたが、私は決勝トーナメントに入って勝ち星なし。
 準々決勝のお相手は強豪校の現役大学生チーム。
 この試合、全員引き分けて、代表戦になりました。

 この場合、任意の一人が代表戦に出ます。チームの3人で話し合うか、監督がいれば監督が決めます。
 この日の私の調子はいまいちでしたが、先鋒の若手はここまで全勝。
 監督は先鋒の若手を代表に指名すると誰もが思いました。
 しかし、代表に指名されたのは私。
 「なんで」って思いましたが、やるしかない。代表戦なんてリバ剣して初めてです。

 相手チームは先鋒だった方を代表に出してきた。
 試合はもつれ、長引きましたが、私の心は落ち着いてました。一方、お相手は早く勝負を決めようとあせってきた。
 お相手が無理に攻め込んできた刹那、小刀でお相手の竹刀を打ち、同時に大刀で「面」を打った。
 これ以上ない理想的な勝ち方でした。リバ剣して、こんな展開までは考えたこともなかった。
 監督の驚いた顔が見えました。

 続く準決勝は、強豪校OBチームにあっさり負けました。

リバ剣後、初の団体戦は3位


 結果は3位でしたけど、うれしかったですね。
 準々決勝で代表戦に出て、勝てたことが大きかった。
 実は監督は、代表戦は先鋒の若手でいこうとしたらしいんですけど、私に決めたのはTNK先生の指示だったのだそうです。調子が悪くても私を信頼してくださったんだと知り、それに応えることができて本当によかったと思いました。

 また、聴覚障害者チームと対戦では、貴重なことを学ばせてもらいました。試合後に交流を持てたのは素晴らしい経験、この大会ならではのことです。

 団体3位の賞品はビール1ケース。トロフィーもらうより、こっちの方がよっぽどうれしい。笑
 3人で分けて、私の分は妻へのお土産に。私はビール飲まないので。

 エントリーに地域や職種、年齢などの制約がなければこんなに楽しい交流が生まれるんですね。
 主催者のTKHS先生に感謝申し上げます。素晴らしい大会に参加させていただき、ありがとうございました。


2019年5月30日木曜日

平成25年市川市民剣道大会 部門別連覇、総合3位

出場者300名の個人戦、総合の決勝トーナメント進出


部門別は連覇


 2013(平成25)年10月。出身地である市川市の市民剣道大会個人戦に出場しました。

 前年に、33年ぶりにこの大会に出場し、「三段以下45歳以上の部」で優勝しています。(その様子はこちら
 この年も、同じ部門に出場。四段に昇段してしまえば出場できない部門ですから、しっかり勝っておきたいところです。

 この部門に出場する方は、大人になってから剣道を始めた方か、学生以来のブランクがあって再開したばかりの方。こういう方々が、何かのきっかけで剣を執り、稽古を積んで試合に出てくる。
 年のせいでしょうか、そういう姿を見ていると涙があふれそうになってくるんです。私もリバ剣組なんですけどね。
 人間て素晴らしいなって。いくつになっても何かを学ぼうとチャレンジするんですね。

 他に楽しんでできるスポーツはたくさんあると思うんですけど、なにも剣道なんてつらい稽古をしなければならないものを選ばなくていいんじゃないかなって。それでもみんな剣道が好きで、こうして試合にも出てくるんですね。
 特に、大人になってから剣道を始めた方には敬意を持ちます。試合で一勝をあげることはなかなか難しいかもしれませんが、あきらめないでほしい。いつもそういう気持ちになります。

 前年に続いてこの年も「三段以下45歳以上の部」で優勝しました。
 この年は、新たにリバ剣した方が数名参加されて、出場者の顔ぶれもだいぶ変わっていました。その中には、強豪校出身の方もおり、白熱した試合が多かったですね。
 なんとか、総合の決勝トーナメントに駒を進めることができました。

市川市剣道選手権


 個人戦出場者約300名。市民大会にしては規模が大きいと思います。
 9部門の優勝者が総合の決勝トーナメントで争う市川市剣道選手権。

 9部門それぞれの優勝者を見て、驚きです。私以外は、市や県の現役代表選手か元代表選手。ただのリバ剣おやじなんて私だけです。笑

 前年の大会の時もそうだったんでしょうけど、周りを見る余裕がありませんでしたから、分かってませんでした。
 ちょっと、大変なところへ出てきちゃったなと思いながら、組み合わせの抽選に臨みました。

 前年は、一番最後にくじを引いて、最強部門のひとつ「四、五段40歳未満の部」の覇者との対戦になってしまった。なので、この年は一番最初にくじを引いた。
 抽選の結果、一回戦のお相手は「壮年女子の部」の優勝者に決まりました。

 ちょっと違う緊張感が走りました。
 「300人が見てる前で女性に負けたらどうしよう」って。
 実際に前年は七段の男性が女性に負けているのです。私のお相手は、毎年このトーナメントに進出している方。気が抜けません。

一回戦


 試合開始。蹲踞の姿勢から「はじめ」の号令で立ち上がり、上下太刀(二刀の代表的な構え、上段の構えの一種)に構えた。
 お相手の女性は一刀中段の構え。
 「打突部位がガラ空きだな」
 すぐにそう思いました。

 「構え」というのは不思議なもので、正しく構えていても打突部位がガラ空きな人と、まったく打つ隙の無い人がいるんですね。
 お相手は二刀者相手にどうしたらいいか分からないようで、不安な気持ちが構えに表れている。ちょっとかわいそうになってしまいましたが、勝負ですから仕方ありません。
 お相手が居ついているところを「面」で二本。準決勝進出を決めました。

準決勝


 次のお相手は「四、五段40歳未満の部」の優勝者。20代で五段の方。現役の市の代表選手です。
 しかし、二刀との対戦は初めてと見えて、やりずらそうにしてました。
 この方は身長が180cm以上ありましたから、私もやりずらかったんですけどね。
 試合は、延長戦に入りました。

 現役選手はやはり違いますね。やりずらそうにしてても、数分の間に私の隙を見つけるんですね、ちゃんと。
 最後は「引き胴」で負けた。まったく同じ展開、以前にもありました。(その試合はこちら
 お相手は、この後の決勝でも勝利し、市川市剣道選手権の覇者になりました。

 現役世代との対戦まではこぎつけられるようになりましたが、壁は厚いですねぇ。


 リバ剣して、4年になろうとしていたころ、49歳の時のことです。


追記

 大会中、二人の方が私のところに挨拶にみえた。
 一人は、私と同年代の方。もう一人は、20代の方です。
 お二人とも、左手に竹刀の大小を提げて。

 前年のこの大会で、二刀で戦う私の姿を見て、二刀を始めたそうなんです。
 ちょっとびっくりしてしまいました。

 私の目標は、どんな大会でも優勝することですが、最終的な目標は、私の二刀流を見た子供たちが、興奮して眠れなくなるような二刀流をやること。私がそうだったように。(その様子はこちら

 まずは、大人二人を眠れなくしたみたいです。笑


 

2019年5月29日水曜日

平成25年浦安市春季市民剣道大会 壮年の部で準優勝!

壮年の部、決勝で敗れる

正二刀、上下太刀の構え、左足前
正二刀の上下太刀の構え

稽古量は充分、自信をもって試合に臨む


 2013(平成25)年5月。浦安市春季市民剣道大会に参加しました。浦安市民大会は春に個人戦、秋に団体戦を行なっています。なので、今回は個人戦のみ。
 この時私は49歳。壮年の部に出場しました。

 前回の投稿までに、OOT範士にアドバイスをいただいたのがきっかけで「手の内」の稽古に取り組み始めたことを書きました。
 その「手の内」の稽古を始めて半年たち、かなり自信もついてきた。稽古量を見ても、もうこれ以上は無理というところまでやっている。(当時の稽古メニューはこちら
 しかもこの前年、この大会部門別でリバ剣後に初優勝している。(その様子はこちら
 そうなれば、まずは壮年の部の連覇を目指すしかありません。
 
 しかし、この時私の段位は三段。この大会に出て、私より段位が低い方と当たったことはありません。皆さん私よりも高段。油断は禁物です。
 3回戦までは順調に勝ち進みました。
 

準決勝


 準決勝のお相手は剣道七段の方。私よりも若く剣道強豪校出身の公務員。稽古をする時間のいっぱいある人です。微笑

 試合が始まると、お相手は諸手上段に構えた。私は試合で上段の構えと対戦するのは初めて。
 お相手はひと振りで決めようとしているのか、無駄打ちしてこない。
 私の出ばなをとらえる自信があるようだ。しかし私は終始落ち着いていて、お相手の攻めに動かされることがないよう、機をうかがっていました。

 すると、お相手が徐々にいら立ちはじめた。
 諸手上段の方から見たら、正二刀は打つところがないんですね。諸手上段に対する正二刀は上下太刀(写真上)に構えているだけで、ほぼ完璧な防御になってしまう。

 主審の「やめ」がかかった。時間切れです。4分間の試合時間が、あっという間に感じました。延長戦は一本先取した方が勝ち。

 「延長、はじめ」

 主審の号令とともに諸手上段に構えたお相手。私がやや遅れて上下太刀に構えた瞬間、お相手は中段に構えを戻して突いてきた。

 「うぉーっ!」

 聞こえたのは観覧席からの歓声です。
 お相手が構えを中段に戻し「突き」にくる刹那、私の小刀がその竹刀を斬り落とし、同時に大刀が「面」をとらえた。
 考えて打ったのではなく、気づいたら体が反応して打突が完了してた。旗も3本上がってました。

決勝


 壮年の部、決勝。これに勝てば2連覇。
 
 ちょっと、おごりがありましたね。準決勝まで会心の試合をしてましたから。
 気持ちは、この後の"総合の決勝"の方にいっちゃってました。

 試合が始まりました。
 正直、あせりました。試合開始直後から。
 お相手は40歳の元実業団選手。私が仕掛けたり誘ったりする技が読まれていて、まったく通用しないのです。

 後で聞いた話ですが、この方は私と対戦したくてこの大会に参戦したそうで、事前にかなり研究されたそうなんです。
 立合いの中で、一本を取れる気がまったくしないのです。
 試合はまたも延長戦に。

 今から考えれば未熟でした。
 機をつくれないなら、お相手が打ってきたところを仕留めようと思ってしまった。
 そう思うこと自体が、もう受け身なんですね。
 初心者には通用しても、上級者には通用しませんよね。

 お相手が「面」に来たところを「面」で仕留めにいった。
 間に合うはずはありません、私が動かされてるんですから。勝敗はその時点で決まってました。

敗因は過信


 正しい片手素振りの稽古で、手の内の冴えが身に付き始めて、過信があったと思います。
 打突の速さと、手の内の冴えがあれば、なんとかなると。

 攻めて崩す、攻めて動かす、そういった「攻め」を軽視していた自分に気づかされました。

 試合で負けるのは、本当に悔しいですけど、必ず大きな発見があるんですよね。
 勝っていたら気づけないことなんです。
 
 今回も、克服すれば必ず成長できる課題をいただきました。
 

追記

 表彰式が終わって散会となり、着替えて会場を後にした。
 駐車場に向かう路地を歩いていると、後ろから小学生の低学年らしい子供と父親の声が聞こえてきた。

 「お父さん、今日、二刀流がいたね」
 「なかなか見られないんだよ。よかったね」
 「うん!」

 自分の子供の頃と重なっちゃいまして、熱いものがこみ上げてきました。
 そして、さらに精進することを心に誓いました。
 
 (子供のころ初めて二刀流を見たときの様子は、こちら



2019年5月26日日曜日

剣道二刀流 手の内の冴えが劇的に変化① O範士に頂いたアドバイス

元警視庁剣道主席師範 O範士の言葉で道が開ける


平成24年浦安市秋季市民剣道大会


 2012(平成24)年秋。浦安市秋季剣道市民大会に参加しました。
 この秋季大会は団体戦のみ。一昨年に初めて参加した時は惨澹(さんたん)たる試合内容でしたので(その試合の模様はこちら)、今回は何とかいい試合をしたいと思って参戦しました。(ちなみに、この前年の2011年は被災したためこの大会は中止になっております)

 試合は三人制の団体戦で、私のチームは平均年齢が45歳をこえるおやじチーム。私は先鋒です。一回戦のお相手は、20代前半の強豪校のOBチームでした。

 先鋒戦。私は打つ機会はあったのですが、キメきれずに旗が上がらず引き分け。
 続く中堅戦は、若手に二本とられて負け。
 最後の大将は、セオリー通り引き分けに持ち込まれて終了。チームの負けが決まりました。

 あっけない試合でした。
 この年は、春季大会では個人戦壮年の部で優勝してますし、お隣の市川市民大会でも個人戦で部門優勝しています。しかし、現役世代にはなかなか勝てない。
 ブランク30年から剣道を再開して3年がたち、日々の稽古も精一杯やっている。自分の二刀剣道はこのあたりで"頭打ち"なのかな、なんて思いました。

大会後の懇親会で


 大会が終了し、場所を移して所属道場の懇親会があり、出席しました。
 懇親会が始まってしばらくすると、所属道場の会長が、ある方を伴われて会場に入って来た。
 元警視庁剣道主席師範のOOT範士です。(注:「範士」とは現代剣道の最高位の称号です)
 OOT先生は市内在住で、浦安市民大会では大会顧問をされています。
 その方が、一道場の懇親会に突然現れたわけですから、驚いたのなんのって、急に緊張感が走りました。 

 席は、私の隣が二つ空いているだけ。まさかと思いましたが、お二人はそこへ。OOT先生は私の隣に座ったのです。

 OOT先生は今日の大会の講評をされ、皆さんからの質問にも丁寧にお答えになっている。
 その質問が途切れた時に、隣にいる私の方を向き、こうおっしゃった。

 「今日の試合で、二刀を執っていたのはキミか」

 「はい、そうです」

 「キミの片手打ちは、"手の内"が不十分だ。諸手で斬りかかってくる相手を片手で仕留める、そういう"手の内"を片手でやりなさい」

 私は内心、小躍りするほどにうれしかった。範士であるOOT先生が、手の内が不十分だとおっしゃっているということは、裏を返せばまだまだ伸びしろはあるということ。
 しかも稽古次第で、諸手で斬りかかる相手を片手で仕留められるようになると言っているわけですから、こんなに心強いことはありません。

「手の内」を稽古する方法とは


 OOT先生はこうもおっしゃっていました。
 「素振りをウォーミングアップ程度に考えている人が多いが、手の内の稽古は素振りでするんですよ。"正しい"素振りで」

 正しい素振りで稽古する……。OOT範士は一体どんな稽古の仕方をしていたのか……。
 気になって、後日、剣道誌のバックナンバーを調べると、OOT範士のインタビュー記事を見つけることができた。

 OOT範士は現役時代、あのしなやかで強い手の内を身に付けるために、素振りを1セット1,000本、それを一日に数セットやっていたとのこと。

 私は、まだまだ甘かったなと思いました。自分では稽古を相当やっているつもりになっていた。しかし、一流の方々は、それ相応の努力をされているんだと分かった。
 目の前に道がパァーッと開けたような気がしました。いえ、今目の前に一本の進むべき道が現れたという感じでしょうか。

 「まだまだやるべきことは、たくさんある」

 停滞していた私の二刀剣道が、「ゴロン」と音を立てて動き始めました。


2019年5月25日土曜日

平成24年市川市民剣道大会 三段以下45歳以上の部で優勝!

出身地の市民大会に出場


33年ぶりの参加


 2012(平成24)年10月14日、出身地であり、現在居住している浦安市の隣市である市川市の市民剣道大会に出場しました。
 この年は、リバ剣して3年目の年で、5月に開催された浦安市春季市民剣道大会では壮年の部で優勝している。(その様子はこちら
 その勢いを駆って、出場可能な大会は参加させていただこうと思い、まずは出身地で腕試しすることに。この大会への出場は中学3年生以来、33年ぶりになります。

三段以下45歳以上の部にエントリー


 私はこの時48歳。この年の8月に三段になったばかり。
 「三段以下45歳以上の部」というのは、リバ剣おやじとしては願ったりかなったりの部門。
 この部門へ出場するのは、私のようなリバ剣おやじか、ある程度の年齢になってから剣道を始められた方々です。ですから、試合経験や身体能力が突出した方がいない部門といえるのです。

 なので、四段に昇段すれば「三段以下45歳以上の部」にはもうエントリーできませんから、まずはこの部門で結果を出しておきたいという気持ちでした。

 この市川市民剣道大会の個人戦は約300名が参加し、9部門に分かれて試合が行われます。そして、それぞれの部門の優勝者が「市川市剣道選手権」として、トーナメント方式で総合優勝を争います。 

試合開始


 「三段以下45歳以上の部」の一、二回戦のお相手は同年代の剣道初心者の方でした。
 お相手の方々は、驚いたと思います。大会参加者300名中1人しかいない二刀者に、いきなり当たっちゃうんですからね。しかも対二刀は初めての体験でしょうから、戸惑っているうちに、二本とられてしまったっていう感じだったんじゃないでしょうか。
 私は難なく三回戦へと進むことができました。
 
 次のお相手は、前年まで毎年この部門で優勝していた方。同年代ですが、スピードとキレのある剣道をする方で油断はできません。
 しかし、試合が始まってみると、"待ち剣"で応じ技ねらい。ご自分なりに対二刀の作戦を練ってこられたのでしょう。
 ならばと、グイグイ間合いを詰めて、お相手が待ち切れずに打って出なければならないところまで攻め込んだ。
 我慢しきれなくなって打ちかかろうとする刹那を、「出ばな面」で仕留めました。

 準決勝と決勝は、いずれも高校で三段を取得後ブランク期間があり、最近リバ剣された方。どちらも剣道強豪校出身です。
 私は高校1年で初段のまま剣道から離れましたから、経歴では負けてます。苦笑(剣道継続を断念した理由はこちら
 しかし、気持ちでは負けまいと気合を入れ直して試合に臨みました。

 準決勝、決勝とも、延長戦になりましたが、辛くも勝って"部門別"で優勝しました。

市川市剣道選手権


 午後3時過ぎ。9部門の優勝者が出そろったところで、その9人による組み合わせの抽選が行われた。
 くじ引きの結果、私のお相手は「四、五段40歳未満の部」の優勝者に決まりました。
 この部門は、いわゆる現役世代。なんとういう、くじ運の悪さでしょうか。笑

 その「四、五段40歳未満の部」の優勝者は、25歳で強豪校(高校)の剣道部コーチ。年は若くても、剣道歴も試合経験も圧倒的に上です。
 「こんな人とやらなきゃいけないの」って思いました。汗
 
 「はじめ」の号令で、私が中段の構えから、上下太刀(二刀の代表的な構え、上段の構えの一種)に構えを変化させたその瞬間、のど元に衝撃を受けた。
 お相手の「突き」が決まっているんです。気づいた時には審判の旗は3本上がっていました。
 「これが現役世代の剣道か」
 試合開始早々、実力の違いを見せつけられた思いでしたが、なぜか心は落ち着いていました。

 「二本目」の号令がかかって、今度は私が攻める展開に。
 やはり、現役世代といえども対二刀には慣れていないようで、勝負に出てこない。一本先取しているので、当然、時間切れの一本勝ちも考えているはず。

 しかし、試合は始まったばかりで充分時間はある。私はあせることなく、打突の機会をとらえようと攻め続け、一本になりそうな打突がお相手に当たり始めた。すると、徐々にお相手が下がるようになってきたので、その下がり際に私の身体が反応してました。一歩踏み込んで豪快な「面」を打った。

 旗は3本上がり、これで一本ずつになって「勝負」に。
 すると、すぐに試合時間終了の合図があり、「やめ」の号令がかかる。

 延長戦です。開始線の位置に戻り、主審から「はじめ」の号令がかかった。
 その瞬間、お互いが大きく間合いを詰め、私は中段の構えから、思い切って大刀で「突き」を放った。

 審判の旗は3本上がっている。しかし、お相手の方に上がっているのです。
 私は、「突き」にいったときに、お相手が「面」にくるとみて小刀で自分の面を防御していましたが、「面」に当たっているように見えてしまったんですね。

 厳密には誤審ですけど、剣道ではよくあること。選手同士は自分の身体の感触がありますからわかっていますが、審判がそこまで判断することは難しい場面なのです。
 しかし、誤審を招くような状態をつくってしまったこと自体が、自分の稽古不足なのですから、致し方ありません。
 これを糧に稽古に励めばさらに自分が成長できるわけですから、負けにはなりましたけども、得たものは大きかったですね。
 現役世代の剣道を知る貴重な機会になりました。普段の稽古では得ることができない、試合ならではの成果です。

驚いた顔で


 「おいお前、どの部門で優勝したんだ」

 市川市剣道選手権の組み合わせの抽選のとき、上席にいた一人の先生が私に声をかけてきた。中学生時代、鬼のように怖かった剣道部の顧問、私の恩師です。

 驚いた顔をしてました。
 それはそうでしょうね。リバ剣直後にご挨拶した時は、ケガしない程度にやっとけよ、みたいな感じで、私の本気さに気づいていない様子でしたからね。(その様子はこちら
 
 この大会に出場したことで、恩師がリバ剣した私を自分の稽古相手として認めてくれるきっかけになったのです。

 またあの頃のように、恩師と剣道ができる。 
 それが一番うれしかったですね。

 

2019年5月21日火曜日

令和元年 浦安市春季市民剣道大会 準優勝!

決勝で延長の末敗れる

準決勝

決勝

例年の"部門別"なし


 令和元年5月19日、浦安市春季市民剣道大会に出場しました。

 この春季大会は個人戦のみで、例年では40歳未満の青年の部と、40歳以上の壮年の部に分かれて行なわれておりました。そして、それぞれの優勝者が総合の決勝で対戦し、総合優勝を決定する大会です。

 しかし、当日会場入りしてビックリ。
 今回は"部門別"に分かれることなく、予選リーグを行ない、1位通過した者が決勝トーナメントに進出するという方式になっておりました。

 私はリバ剣して以来、過去3回、この大会の壮年の部で優勝しております。
 そして、その3回とも、総合の決勝で青年の部の優勝者に負けております。

 今年も、まずは部門別の優勝を目指しておりましたので、気持ちを切り替えて、予選リーグ通過に集中することに。

 予選リーグは3~4名で組まれており、私の組は3名。お相手二人は私よりも若い方でしたが、いずれも数年前に立会った経験がある方々。
 ということは、お相手も私の手の内を知っているということ。油断は禁物です。

予選リーグ


 お一人目は数年前に対戦しているのですが、どのような剣道をされる方なのか思い出そうとしてるうちに試合開始。
 蹲踞の姿勢から立ち上がるとすぐに、お相手の“起こり”が見えたのですかさず「出小手」。初太刀で一本先取。
 その後は、両者有効打突がないまま試合時間終了となり、一本勝ち。

 お二人目は7年前の三段審査の時のお相手の方でした。(その時の様子はこちら
 当時のこの方の剣道スタイルはよく覚えていましたが、あれから7年たっていますのでどう変化しているか。
 「はじめ」の号令で立ち上がり、すぐにこう思った。
 「稽古しているな」
 7年前とは違い、機をとらえて打突してくる。対二刀も研究していると見えて隙がない。
 しかし、時間がたつにつれ、攻めと打突が雑になってきた。
 私は歩み足で攻め込んでコート際まで追い詰め、お相手が打って出るしかない状況を作って、「出ばな面」で仕留めた。この試合も時間がきて一本勝ち。

 私は、2勝0敗で予選リーグを1位通過し、決勝トーナメントへ。

決勝トーナメント


 一回戦は、今までに数回対戦している方。最も対戦回数が多いお相手です。戦績は私が全勝していますが、毎回かなりの接戦で辛くも勝利している感じ。私の二刀を熟知しているお相手です。
 「研究されてるな」
 立合い開始とともに、すぐにそう思いました。
 お互い出す技すべて決まらず延長戦に。
 お相手を崩すことができず、私が苦しまぎれに打って出たはなを、お相手がとらえて打ってきた。
 「相面」です。
 3人の審判の旗は、赤2本、白1本に割れた。
 私が勝っていました。

 次は準決勝。初めて対戦する方でした。
 構え方から、どこを狙っているか察しがついてしまう場合があります。
 この方は、明らかに私の大刀側の小手を狙っているのです。
 私は正二刀(右手に大刀、左手に小刀を持つ構え)ですから、一刀中段に構えるお相手は、私の大刀側の小手を打つ場合は手首を大きく返して切っ先を左に回さなければなりません。
 私は、そのお相手の手首を返すはなをとらえて、「面」にいって一本。
 その後も、足で攻め込んで、お相手が攻め返そうとする刹那を「出ばな面」で仕留めて一本。これで二本勝ち。

決勝戦


 私の準決勝の試合が終わると、隣の試合会場でもう一組の準決勝の対戦が続いていた。
 この勝者が私と決勝で対戦するお相手になる。

 片方は、30代で剣道強豪校出身の方。もう一方は、20代で剣道強豪校出身で中学の剣道部顧問をされている方。

 「こんなすごい人たちとやるの」って思いました。笑
 
 昨年までは、壮年の部で優勝してから、総合の決勝で、青年の部の優勝者と対戦しましたので。とりあえず部門別ですが「優勝」は獲得していますので、気分的には楽でしたが、今回はこれに勝たなければ「優勝」はありません。

 決勝のお相手になったのは、20代の剣道部顧問の方でした。

 試合が始まると、対二刀の経験がまったくないことがすぐに分かった。
 しかし、お相手は年齢は若いが百戦錬磨の試合巧者。まったくといっていいほど、打つ機会が作れない。作れないというより機会はあっても自分が打つ体勢になっていない。微妙に構えが崩れているんですね。
 緊張や焦りでそうなっているのか、お相手の“攻め”でそうなっているのか分かりませんが、機をとらえることができずに時間だけが過ぎていきました。

 試合が延長に入り、お相手も上下太刀(二刀の代表的な構え、上段の構えの一種)を崩すのは難しいと思ってか、戦い方を変えてきた。つばぜり合いに持ち込もうとしている。
 こういう展開になれば、相手が狙っているのは“引き技”、と思った瞬間です。
 つばぜり合いから一瞬の隙をついて体当たりされ、わずかにバランスを崩したところを「引き面」を打たれた。

 旗は3本ともあがってました。

 すべてが、後手に回った試合でした。完敗です。

 リバ剣当初に決めた目標。市民大会を3年以内に制すこと。(その経緯はこちら
 期限はとっくに過ぎて、もう9年半。今回も"総合優勝"まであとわずかに及ばず。

 まだまだ修行しなさいってことですね。笑

 リバ剣おやじの挑戦は続きます!


追記
 冒頭の動画2本のうち、決勝戦の動画はビデオカメラのバッテリー切れで、途中で撮影が終わっております。申し訳ありません。
 最後まで収録されているものが見つかり次第、差し替えるつもりでおりますので、よろしくお願い致します。


2019年5月13日月曜日

平成24年浦安市春季市民剣道大会 壮年の部で優勝!

リバ剣して2年半で優勝


前年は震災で1年間試合なし


 この前年(2011年)は東日本大震災で地元浦安市は液状化現象に。インフラの復旧に約1年がかかり、我々市民剣士が出場できる大会の開催がなくなった。
 それを好機ととらえて、基本の稽古を徹底してやり直すことを決めた。80歳まで上達し続けられる剣道の「土台」を作るためにです。(その稽古については、前回の投稿をご覧ください)

 この時の1年間は、試合のことを考えずに黙々と基本稽古ができた。リバ剣と同時に二刀を執るという、ある意味無謀な挑戦ですので気負いもありましたが、地に足がついた気がします。
 
 気づけばあっという間に1年がたち、震災後の初めての市民大会を迎えた。

だれも予想してなかった優勝


 当の本人も予想してません。笑
 前回の秋季大会その前の春季大会も“試合になっていない試合”をやってしまったので、今回は、そういう恥ずかしい試合はしたくないという一心でした。

 当日の朝はゆっくり起床。午前中は子供たちの試合なので、一般の部は午後から。春季大会は、団体戦がなく個人戦のみ。
 前回の大会までは、息子の試合も観戦してましたが、この時は家でひとり稽古してから昼ごろ会場入りすることにした。

 時計を見ると時間はたっぷりある。
 「部屋の掃除でもするか」
 なにも試合の日の朝にしなくてもよいものを、思い立って始めてしまった。

 掃除を終えると、すがすがしい気持ちになって、落ち着くことができた。
 その後、家で「打ち込み稽古」をするつもりでしたが、急に「二刀の形稽古」をしたくなった。「打ち込み稽古」でウォーミングアップするよりも、「二刀の形稽古」で理合(りあい)を確かめたくなったのです。

 そして、ひとり形稽古をみっちりやって、家を出た。

 会場入りしても、まったく緊張しませんでした。
 リバ剣して2年半、「リバ剣したばかりなので」なんて、もう言い訳できませんからね。
 稽古でやってきたことを、そのまま試合でやるだけです。

 私は「壮年の部(40歳以上)」にエントリーしました。
 基本に忠実に、機をとらえたら躊躇しない、打ったら打ち切る、1回戦から準々決勝までは淡々と勝ち進みました。

準決勝の相手はあの"お弟子さん"


 準決勝が行われる試合場に行くと、お相手はもう待っていました。
 高名な二刀者で範士のお弟子さんです。自慢の師匠がいるのに、私に片手刀法の基本を聞きに来たあの人です。(その様子はこちら
 そして、前回の秋季大会では団体戦で同じチームだったにもかかわらず、ネット上で私のことを批判していた人です。
 今、目の前に自信たっぷりで立っています。

 その方は逆二刀、私は正二刀です。相二刀の試合なんて私も初めてですし、会場にいる誰もが初めて見たと思います。

 試合が始まってみると、お互い防御の固い二刀同士ですから、なかなか相手を崩せない。しかも、お相手はやたらと手数を出してくる。
 あせってそうしているのか、勝つ自信があってそうしているのか分かりませんが、いずれにしても打突に理合(りあい)がないんです。

 私はそれに気づいた瞬間スッと冷静になり、「そんなに打ちたいんなら、面を打たせてやろう」と思い、小刀での攻めを緩めて前に出た。
 お相手はその“誘い”にのって、今だとばかりに面を打ってきたのです。

 もうその時、私の身体は自然に動いていました。

 小刀でお相手の面打ちを受けると同時に大刀で胴を打っていた。

 審判の旗は瞬時に3本上がり、これで一本。場内から「ウォーッ!」という歓声。
 その後、すぐに試合時間の終了の合図があり、一本勝ち。

 実はこの技、二刀の「面返し胴」といって、数時間前に家で形稽古をした時に、繰り返し稽古した技なのです。
 試合に勝ったことよりも、理合を体現した一本を取ることができたことの方がうれしかったですね。
 この時の打突の感触は今でも覚えています。

 お相手の“お弟子さん”は相当ショックだったんでしょうね。この大会を最後に、個人戦には出場しなくなってしまいました。かわいそうなことになってしまいましたが、勝負ですから致し方ありません。

 決勝戦は、市内のライバル道場の闘志むき出しの方とあたりましたが、なんとか勝つことができ、「壮年の部」で優勝しました。

総合の決勝


 部門別の優勝者が決まると、続いて総合の決勝です。

 私のお相手は「青年の部(40歳未満)」の優勝者で、24歳の方。千葉県剣道選手権大会でベスト16に入っている方です。

 ついに、ブランク30年のリバ剣おやじが、若手現役選手とガチンコ対決です。
 望んではいましたけど、本当にこんなことになっちゃったって感じです。
 しかし、不思議と緊張は一切しませんでした。

 試合は、一進一退の攻防がつづきました。私は、何度か機をとらえるチャンスがあったにもかかわらず、躊躇して逃してしまっていた。総合の決勝という舞台の雰囲気にのまれているんですね。これは、明らかに経験不足。リバ剣剣士の弱点です。

 両者とも有効打突がなく、制限時間がきて延長戦に。ここからは、一本先取した方が勝ち。

 やはり現役選手は試合巧者ですね。上下太刀(二刀の代表的な構え、上段の構えの一種)をどう攻略すればいいか分からなかったと見えて、引き技で一本を取ろうとしてきてている。
 私はそこまで解っていて警戒はしていたんですが、つばぜり合いからの引き際に私がすぐに大刀を上段に構えようとする癖を読み取っていたんですね。
 体当たりから「引き胴」を打たれた。やや元打ちでしたが、試合時間が長引くと、こういう打突でも旗が上がってしまうんです。
 私の負けでした。

 試合後は、たくさんの方が、私の壮年の部の優勝と総合の決勝の健闘を喜んでくれました。
 しかし、リバ剣直後に私が決めた目標はあくまでも総合優勝。(その経緯はこちら
 それが、できなかったことが悔しくてしょうがなかった。3年以内と期限を決めていましたから。

 まあ、現実は甘くないということですね。4年目以降も“総合優勝”を目標に挑戦し続けることを決めた。

「アンチ二刀」だった市剣連の会長


 表彰式の後、閉会式に移って、私の試合が意外な人の心を揺さぶったことを知った。
 浦安市剣道連盟会長(平成24年当時)のYSWR先生だ。

 この方は、「二刀流は邪道だ」と公言してはばからなかった方。

 それがなんと閉会式の会長のスピーチで、こんなに素晴らしい二刀の試合を見たのは初めてでだ、という内容の話をしたのです。しかも興奮気味に。笑
 そして、観戦していた小中学生に向けて、今日見た二刀の試合を忘れないようにとまで。

 正しい二刀を正しい剣の理合で体現すれば、誤解している人も変えることができるんだなぁと、他人事のように感心してしまいました。

 市剣連にはあと2人「アンチ二刀」がいるんですが、この方たちのことも、後のお楽しみに。

 閉会式が終了し、散会となった。
 するとすぐに、あの“お弟子さん”が私のところにやってきた。
 「おめでとう」
 笑顔で声をかけてくれた。

 私、その時つい聞いちゃったんです。「会長は、最初にどんな二刀を見て"アンチ"になったんでしょうかね」って。

 そしたら、「オレのだよ」ですって。汗

 気まずい空気が流れたのは、言うまでもありません。
 

2019年5月4日土曜日

平成22年浦安市秋季市民剣道大会 屈辱的な負け方

剣道再開から10カ月目の試合


リバ剣後初の団体戦


 2010(平成22)年10月。リバ剣してから2度目の試合エントリーです。
 この秋季大会は団体戦のみ。個人戦は、春季大会で行われており、この年の5月に初参戦して2回戦敗退に終わっています。(その時の模様はこちら
 
 あれから5カ月。私なりに稽古を積みましたので、今回はもう少しいい試合ができるんじゃないかと、ひそかに思って参戦しました。

 この大会の団体戦は3人制で、私はこの時46歳で中堅。正二刀です。先鋒は30歳の左上段。大将は例の"お弟子さん"で40歳、逆二刀。(例の"お弟子さん"とは、こちら
 かなり目立ったチームになりました。道場の副会長が面白がって編成したようです。

 まあここまではよかったんですけどね。当日、会場入りしてビックリです。
 1回戦の相手チームは20代半ばで編成された、市内にある高校のOBチーム。
 勝てるわけありませんよ。この高校の柔剣道は全国レベル。私たちは、ただのオッサンですし、私はブランク30年ですからね。1回戦から現役選手との対戦が組まれるとは、主催者側の"意図"を感じました。笑

試合開始


 そういって、泣き言も言ってられませんからね。気持ちを入れ替えて、試合に臨むことになりました。

 先鋒は、お互い攻めきれず、時間切れで引き分け。

 次、中堅。私です。
 お相手は対二刀に慣れていないと見えて、小刀を警戒するあまりに、常に間合いをとっているんです。ですから、お互いに機をつかめない。打突がありませんから、両者反則をとられかねない展開になりました。
 私は焦りを感じ始めて、無理に間合いを詰めて打っていくんですが、有効打突にはなりません。打突の勢いで鍔迫り合いになりそうになると、これまた鍔ぜり合いを嫌って中途半端な間合いをとるんですね、お相手が。
 ここで主審の「ヤメ」がかかった。当然見ている誰もがお相手の反則だと思った。しかし3人の審判の合議の結果、反則は私についた。「正しい鍔迫り合いをしていない」ですって。
 両者反則ならまだしも、鍔迫り合いを避けるお相手が反則にならずに、私だけに反則ですって。観覧席がざわついているのが分かりました。
 後で分かったことですが、この審判の中に"アンチ二刀"がいて、その人が合議を主導していたんです。さらに、市剣連の上層部には2人ほど、"アンチ二刀"がいることもわかった。
 試合の方は、お相手もちゃんと鍔迫り合いをするようになったんですけどね。その時、先ほどの件で頭に血がのぼって、コート際で場外を背にしていることを考えてなかった。
そしたら、ポンと押し出されて場外反則。先ほどの反則と合わせてお相手に1本がついた。
 その後すぐに制限時間になり1本負け。

 そして、大将ですが、お相手は試合巧者で難なく引き分けに持ち込んだ。
 これで、チームは負け。勝敗は、私のところで決まったも同然です。

屈辱が大きな成長につながる


 悔しかったですね。子供の頃を含めてこんな屈辱的な負け方は初めてでした。いろんな意味で。

 まず、場外反則。春季大会のあの普通ありえない負け方と同じ。(その状況はこちら
 いまだに、コート感覚ができてなかった。恥ずかしいことです。

 そして、市剣連の"アンチ二刀"の存在。これはね、逆に私にパワーを与えてくれましたね。俄然やる気になった。正しい二刀をきわめて、必ずその方たちとの立合いを実現させて、理解してもらおう。そう心に決めた。
 "アンチ二刀"はね、正しくない二刀を最初に見ちゃってるからアンチになっちゃうんです。正しい二刀はちゃんと伝わります。一刀も二刀も同じ剣道ですからね。

 のちに、この"アンチ"の方々が一人ずつ二刀を理解していく様を、紹介していくことになります。

 でもね、一番困ったのが、例の大物二刀範士のお弟子さん。
 試合後に、道場のHPの掲示板に、私の二刀をクソミソに批判した投稿をしているんですね。まあ、この人からもパワーをもらいましたよ。
 この1年半後、この人とは、市民大会個人戦で直接対決することになります。

追記
 この時対戦したチーム。実は私の母校の後輩たちです。試合後に、挨拶に来てこう言ってました。

 「どうもすみませんでした」

 いい後輩です。笑


2019年4月15日月曜日

平成22年浦安市春季市民剣道大会 リバ剣後初出場

二刀でのデビュー戦


30年ぶりの試合


 2010年5月。30年のブランクからリバ剣して5カ月目。
 所属道場の稽古に行った時、掲示板に市民大会参加者の登録名簿が掲示されていたのが目に入った。

 浦安市の市民大会は春季と秋季の年2回。春季剣道大会は団体戦はなく、個人戦のみ。
 掲示された参加者登録名簿に、参加希望者が記入してエントリーするようだ。もうすでにたくさんの方々の名前が記入されている。

 「個人戦なら他人に迷惑が掛からないだろう」

 そう思ってすぐに参加を決め、名前を記入した。
 リバ剣直後で、しかも二刀もまだまだぎこちない。でも、とにかく30年ぶりに試合を経験したかった。少しでも早く試合の勘を取り戻したかった。この時、もう46歳ですから。

 剣道の市民大会は、剣道初心者や私のようなリバ剣剣士から、百戦錬磨の現役選手、教員や警察官、全国大会予選出場の常連者、熟練の高齢者まで、幅広い層の選手が出場するのが特徴です。

 私が最後に出場した試合は、中学3年の時の県大会でした。ですから、一般の部に出場するのは初めて。市民大会の一般の部はどういうレベルなのか、実際に感じてみたかったのです。

 負けるのは分かっています。負けることによって今の自分を知り、何をすべきかが見え、次へのチャレンジができる。笑われてもいいから二刀で出場する、そう決めました。

幸先いいスタート


 試合当日、午前11時に開場入りすると、小学生の部が終わって、中学生の部が始まっていた。
 この後、高校生の部があって、一般の部が始まるのは午後2時過ぎらしい。
 
 まさか自分の人生で、再び試合前のこの緊張感を味わうとは思いもしませんでした。

 「ああ、この環境に戻って来たんだな」

 会場に入って実感がわきました。

 実は、1週間前から不安で仕方なく、この日は朝から不安感が頂点に達していた。

 一刀で試合に出るなら、ここまで不安にならず緊張だけで済んだと思います。
 リバ剣して二刀を始めてまだ5カ月目。これで試合に出るというわけですから、ちょっと無謀ですよね。
 不安を取り除く方法も見つからないまま、一般の部が始まった。

 私の一回戦はトーナメントの第一試合。お相手と向き合い、礼をし、大小を抜刀して蹲踞した。

 「始めっ」

 主審の号令とともに立ち上がって上下太刀に構えた。
 すると、一刀中段に構えたお相手が、スーッと前に出てきて、小刀の切っ先にご自分の竹刀の物打ちを合わせてきた。

 これ、錯覚してるんですね、お相手が。竹刀同士が触れ合うところまで間合いを詰めたつもりなんでしょうけど、こちらが中段に構えているのは短い小刀です。これに触れるところまで間合いを詰めたら、かなりの近間になっているのです。

 私はすぐに反応してました。
 小刀に触れてきたお相手の竹刀を、その小刀で瞬時に押さえて大刀で小手を打った。
 気づいたら打ってたって感じ。旗は三本あがってました。

 「二本目っ」

 主審の号令が掛かると、今度は警戒して間合いを詰めてこない。小刀が気になっている様子。
 ならばこちらが足を使って攻め込もうと前にでると、お相手は下がって間合いを切る。この繰り返しになって試合時間がもうわずかしかない。下がるお相手をさらにもう一歩攻め込んで面に飛び込んだ。

 「ちょっと浅かったかな」そう思いましたが、旗は三本あがってました。

 30年ぶりの試合、しかも始めての二刀での試合。これは幸先がいいなと思いました。

ブランク30年で失った感覚


 二回戦が始まった。今度のお相手は、平正眼や霞の構えで防御一辺倒。すぐに鍔迫り合いになってしまう。
 ならば引き技で一本を取ろうと、大刀で引き面を打ったんですが、旗は一本しかあがらず勢い余って場外へ出てしまった。場外反則一回。
 続けてまた同じことをしてしまい、場外反則二回。これでお相手に一本となってしまった。

 この後、さらに同じことをもう二回やってしまった。つまり、場外反則4回で二本負け。
 場内からどよめきが起こりました。私には失笑に聞こえましたけどね。

 引き面を打って場外へ出てしまう。一度やったら、普通は気をつけますよね。

 私、試合中に気づいたんですけど、コートの感覚が全くないんです。
 30年前はありました。ちゃんと。
 今、どれぐらい下がったら場外へ出てしまうとか、今、コートのどのあたりを背にしているとか。

 意識しようとしても余裕がないためか、どちらの方向にどれだけ動いたら場外に出るのかが、把握できないのです。
 自分でもこれには驚きました。

 リバ剣にも、リハビリが必要なんだなと思いましたね。ブランク30年は重症です。

 こんな変な幕切れで、リバ剣二刀での最初の挑戦は終わりました。

 「打たれて負けたわけではないから、まあいいか」

 そんなおかしな言い訳を、心の中でつぶやきがら会場をあとにしました。

 この“コート感覚”。取り戻すまで、この後、1年かかることになるとは。


2019年3月24日日曜日

復職→すぐに肺炎に→再入院→退院直後→千葉県剣道選手権大会出場

危険な挑戦


復職して4カ月で肺炎になり再入院


 8月のある日曜日の午後、翌月に迫った千葉県剣道選手権大会に向けて実践的な稽古相手を求めて、隣町に出稽古に行きました。
 気温は35℃ぐらいあったと思います。無謀ですよね、白血病で長期間化学療法(抗がん剤治療)を受けた後に、ガチンコで剣道やってるんですから。

 入院中、ベッドの上でいつもこんなことを考えていました。

 「いつ死んでも悔いが残らないように、今やれることはやっておきたい」

 それでもやれることは限られていました。
 妻や息子が面会に来れば、今伝えなければならないことを真剣に話し、一時退院すれば、家の中の物の整理と不要な物の処分をする。そんなことぐらいです。体力がありませんからね。
 今まで購入をためらっていた物がいくつかあり、後々必ず必要になるからと、妻に相談なしで買ったりして、喧嘩にもなりました。

 「死んだら何もできない」。そんな考えがいつも頭にあって、知らず知らずのうちに無理をするようになっていたんですね。

 そんな状態ですから、退院し復職してすぐに剣道も再開しました。病み上がりで出場した市民大会で優勝してしまったために、その4カ月後に行われる県大会にも出場することを決めた。すると必然的に稽古にも力が入り、無理を重ねるようになっていったのです。

 で、その8月の暑い日。盆休み中でした。
 出稽古に行ってガチンコで剣道をやった帰り、車を運転中にあまりの疲労から眠気が差してきた。30分ぐらい仮眠してから帰ろうと思い、交通量のほとんどない道端で停車して寝てしまった。
 
 「寒ーいっ!」
 飛び起きましたよ。外を見ると辺りは真っ暗。エアコンの冷たい風が直接体に当たってました。しかも全開で。時計を見たら3時間たっている。

 寒さでガタガタ体が震えながら、急いで帰宅して熱を計ると37度3分。「まずい、風邪を引いたかも」と思いましたが、翌日も一日寝ていれば熱が下がると思い、安静にしていましたが38度台に上昇。その翌日は39度台になった。

 発熱したら、すぐに病院に来るようにと、主治医から言われていたので、あわてて病院に行きました。

 「肺炎です」って。そのまま入院となりました。

 「風邪を引いただけでも重症化しますから、気をつけてください」と退院するときに主治医に言われていました。
 
 あれはこういうことなのか、と思いましたが遅かった。
 昨年8カ月間、入院中お世話になった看護師さんたちに半年ぶりに再会した。気まずかったですね。出戻りです。
 幸い癌は再発しておらず、1週間の入院ですみました。
 

千葉県剣道選手権大会に出場


 肺炎で1週間入院して退院してきた時には、千葉県剣道選手権大会は1週間後に迫っていました。

 普通、出ませんよね。こんな状態で。
 白血病の長期抗がん剤治療を受けた直後で、後遺症満載の体で、肺炎になって入院し、退院後1週間で公式戦なんて。

 でも、小学生の頃に目標にしていたんです。将来、全日本剣道選手権大会に出場することを。
 千葉県剣道選手権大会は、その千葉県予選です。
 「死ぬ前に、子供の頃に思い描いた夢にチャレンジしておきたい」
 その一心で出場を決めました。

 市民大会で優勝していますので、出場要件はクリアしています。
 しかし、問題は年齢です。その時、私は54歳。

 ルール上は年齢の上限はありませんので、出場可能です。しかし、この大会は全国大会の予選であり、公式戦です。
 普通のスポーツでいえば、アスリートが出場する大会なのです。ですから、出場者は20代~30代がほとんど。例年ですと、最年長者は40代前半のようです。
 私が出れば、ダントツの最高齢間違いなし。

 それでも、やっておかなければならなかったんです、“夢への挑戦”を。

 結果は、予想通り1回戦負け。(この試合については、こちらをご覧ください)
 お相手は30歳の方でした。制限時間内に決着がつかず、延長で20分ぐらい試合をしてました。

 悔しさ――。ありましたよ、悔しかった。また来年出場しようと思いましたね。

 そして、喜びと安堵感。間に合った、夢にチャレンジできたという。

 かなり無謀でしたけどね。


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