剣道二刀流

出会い、挫折、そして挑戦


何か武道を習いたい


小学2年の時、母に連れられ近くの剣道の道場に見学に行きました。「人の頭を合法的に棒で殴れるなんておもしろそう。剣道をやりたい!」そんな変な動機ではじめました。笑
 当時(昭和40年代)は剣道の道場の数は今よりもずっと少なく、逆に子供の数は多かったため、私の所属していた道場は、小学生が200名も在籍していました。人数が多いため、同じ時間帯に全員が一緒に稽古することはできません。3部に分かれて総入れ替えです。
 最初の1時間は初心者が道場を使い、次の1時間は小学生の防具を着用した子供たちが使い、最後が中学生以上一般が使用します。初心者が稽古を終えて帰るときに、防具を着けた子供たちが稽古を始めますから、初心者が一般の稽古を見ることはまずありません。
 私も面を着けるまでの1年間は大人の稽古を見たことがありませんでした。

衝撃の出会い   二刀流 故松崎幹三郎先生


 礼法、構え、足さばき、素振り、打ち込み、切り返し。初心者は面を着けずに1年間これをやってました。厳しかったですね。今とは比べものになりません。
 小学3年になって面着け組になり、稽古が終わって帰る支度をしているときに大人の稽古が始まり、衝撃の光景が目に飛び込んできました。
 二刀流です。二刀者と一刀者の地稽古。
 もう目がくぎ付けです。小刀を見るのも初めて、片手刀法も初めて、歩み足の剣道も初めて、しかもものすごい迫力。一切下がることなく前に出て相手を仕留める。圧倒的に強い。
 興奮して3日間眠れませんでした。
 そして決意しました。「将来、必ず二刀をやる」と。

二刀は18歳以上から


全剣連の規則では、二刀で試合に出られるのは18歳以上です。
 小学3年で将来二刀を執ることを決めた私は、「二刀の稽古を始める時に、誰にも文句を言われないようにするために、今は一刀で一生懸命稽古して強くなろう」と決意します。
 なぜ、そんなふうに思ったか。それは当時、諸手上段や片手上段、そして二刀に対する誤解、片手刀法全般に対する偏見があったのです。
 二刀者は激減し、その後のルール変更により一刀で上段の構えを執る者も減っていった。

 皆さんは、「諸手左上段」は見たことがあると思います。上段の構えといえば、この構えを思い浮かべる方がほとんどではないでしょうか。
 昭和40~50年代までは「片手上段」を執る方が、まだいらっしゃいました。「右片手上段」「左片手上段」。現在はまったくと言っていいほど見ることはなくなってしまいました。
 あの時代、少なかったとはいえ“片手刀法”は継承されていたということです。
 現在、出版されている剣道の入門書には、「構え」の項目の中に、「右片手上段」や「左片手上段」はありません。「霞の構え」などもありませんね。
 
 そういった時代背景の中で、片手刀法を実践なさっていた方々は、大変なご苦労をなさっていたと思います。ですから、片手刀法を習おう、継承しようという若い方がいなかったんですね。

 小学生だった私は、そんな状況を見てますます燃えた。
 なんとしてもこの素晴らしい二刀剣道を習いたい。
 二刀をやれる年齢になるのを夢見て、道場に通ってました。


「『五輪書』を読んでみたら?」 


 『五輪書』を初めて読んだのは高校生の時。日本史の先生にすすめられたのがきっかけです。
 十二指腸潰瘍の悪化に伴う極度の貧血で、ドクターストップがかかり剣道を断念した直後のことです。「今度剣道をやることがあったら二刀をやりたい」と思いつつ、「もう剣道はできないだろうな」とあきらめていたころでした。

 約400年前に書かれた古典を原文のまま読むことは私にとっては難しいと思い、本屋に行って『五輪書』の原文に現代語訳が併記されている本を探しました。

 “現代語訳”――。これがちょっと曲者(くせもの)なんですね。

 そういった『五輪書』の訳本はいくつか出版されています。訳した人がそれぞれ違うわけです。いずれも、文芸評論家や東洋哲学の学者など剣道や古典と関係のない方々が訳したものばかりです。私はそのうちの1冊を買いました。

 書かれている原文はとばして、訳文の方を一気に読みました。だけどどうもしっくりこない。宮本武蔵が言いたいことが、文章全体の中から見えてこない。
 他の『五輪書』の訳本も買って読みましたが、こちらはもっとわからない。

 個別のセンテンスはおおよそのことはわかります。しかし、『五輪書』全体の核になる部分が見えてこない。自分の読解力のなさを痛感するとともに、「『五輪書』を古典の研究者が読んだらどういう感想をもつのかな」と思ったのを覚えています。
 その後、成人してからも何度となく『五輪書』を読み返しましたが、やはりピンとこない。

 先ほど、「現代語訳が曲者」だと言いました。これは後に二天一流武蔵会で稽古する中で気づくことになるのですが、現在出版されている『五輪書』の訳本や、WEB上に流布されている『五輪書』の現代語訳は、ほとんど全てのものが“直訳”なのです。

 古典をただ現代語訳に“直訳”しただけ。中学校の頃の英語の授業を思い出してください。教師に英文を訳すように指示された生徒が、すべて直訳したら失笑をかいますよね。正しい意味が伝わらないどころか、ニュアンス自体が変わってしまう。
 それと同じで、古典である『五輪書』の本文を“直訳しただけの現代語訳”を私たちは読まされてきたわけです。意味が伝わるわけがありません。

剣道再開、二天一流を学ぶ


 初めて『五輪書』を手にしてから30年後、あるきっかけで剣道を再開し、小学生のころに志した二刀を執ることになった。
 そして、古流の裏付けのある、理にかなった二刀流を学びたいと思い、二天一流武蔵会の門をたたきました。

 二天一流第十七代師範であり新免二刀流第十六代師範でもあられる中村天信先生の下で稽古し、“『五輪書』を実践”することになった。
 さらに、私自身、難解な『五輪書』を読破して自分の稽古に結び付けたい、武蔵が到達し、つかんだ「理」を私も追究してみたい、今、それを実行できるチャンスが目の前に来ている。

 剣道再開と同時に二刀を執り、『五輪書』を毎日読むという生活が始まったのです。


 ※当ブログの「剣道の記事一覧」はこちら

 
 




注目の投稿です

剣道 戦国期の下克上が意味するもの

「下達」が駆逐され「上達」への道が拓かれた戦国時代 「下達」とは  論語の一節に「君子は上達す、小人は下達(かたつ)す」という言葉があります。  凡人は、とかくつまらぬことに悪達者になる。励めば励むほどかえってそういう方向に突き進んでしまう。やがて手に負えない厄介者になり、私はこ...

人気の投稿です