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2019年5月28日火曜日

剣道二刀流 手の内の冴えが劇的に変化④ 二天一流「切っ先返し」

切っ先返しで打つ

竹刀の重心を知ることは重要
黒いビニールテープは竹刀の重心位置を示す

「切っ先返し」とは


 切っ先返し(きっさきがえし)という言葉。聞いたことある方もいらっしゃると思います。時代劇や剣豪小説などで見聞きしたことがあるのではないでしょうか。
 
 しかし大変残念なことに、ほとんどの場合誤解されて伝わっているんです、「切っ先返し」という刀法が。

 時代劇や剣豪小説に登場する剣術遣いが「切っ先返し」と称して繰り出す技は、たいていの場合、手首をひねりながら切っ先を大きく右から左に回したり、左から右に回したりして斬ろうとする。あるいは、袈裟斬りに振り下ろした瞬間、刀の刃の向きを変えて斬り上げる、といった動作をする。
 これらはいずれも「切っ先返し」ではありません。

 第一の構(かまえ)、中段。太刀さきを敵の顔へ付けて、敵に行相(ゆきあ)ふ時、敵太刀打ちかくる時、右へ太刀をはづして乗り、又敵打ちかくる時、きつさきがへしにて打ち、うちおとしたる太刀、其儘(そのまま)置き、又敵の打ちかくる時、下より敵の手はる、是(これ)第一也。

 これは、『五輪書』の一節で、宮本武蔵が約400年前に制定した「五方ノ形」(ごほうのかた)の一本目を、武蔵自らが解説した文章です。
 ここにある「きつさきがへしにて」とは、まさに「切っ先返し」のことです。

 "返す"という言葉には、"元に戻す"という意味があります。
 では、切っ先を元に戻すとは、どういうことなのでしょうか。

刀(竹刀)の重心を中心に回転させる


 切っ先(剣先)を元に戻す。どこに戻すかといえば、構えた位置、中心、打突部位などにです。しかも、戻すのは切っ先(剣先)だけ。

 「それってどういうこと?どうやって打つの?」って思うと思います。
 
 振り上げた刀(竹刀)を振り下ろすとき、打突部位に到達する寸前に、柄を握った拳(こぶし)を引き上げるのです。
 片手であればその拳です。諸手保持であれば柄頭にちかいほうの拳(通常は左手ですね)を鋭く跳ね上げるようにする。
 
 切っ先は打突部位に向かって振り下ろされていき、柄側は上方に跳ね上がる。
 つまり、刀の重心点を中心に、刀が回転する運動に瞬間的に変わるわけです。
 これが、「切っ先返し」であり、この方法で打突することを「切っ先返しの打ち」といいます。

 これは、片手刀法でも諸手刀法でもできます。
 普段、剣道で諸手で稽古していらっしゃる方々も、「切っ先返し」とは知らずにやっている方もいると思います。
 実際に、高段者の先生に竹刀で打突されて、「パクン」といい音がしてもまったく痛くない、という経験をしたことがあると思います。鍛錬したしなやかな手首を遣って、打突の瞬間に、竹刀を重心を中心に回転させているのです。

手の内の"冴え"


 前回の投稿までの3回にわたって片手刀法の「手の内」の稽古について記述しました。
 「手の内」は素振りで稽古することが大事であること。
 "正しい"素振りの仕方を知ること。 
 「太刀の道」をつきとめること。
 そして今回の、「切っ先返し」で振ること。

 正しい片手素振りの稽古を始めて半年たった頃には、毎日2,000本の素振りをやるようになっていました。右片手1,000本、左片手1,000本です。
 内訳は、朝出勤前に左右200本ずつで400本、これが1セット。昼休みに職場で1セット。夜、帰宅してすぐに2セット。就寝前に1セット。これで2,000本です。

 これを、やらなければならない数字として、自分に課したわけではありません。
 もっとやりたかったけど、これ以上は時間的に無理だったということです。(この4年後に急性リンパ性白血病と診断されるまで、毎日続けました。)

 これを実践していって身に付いたのは、手の内の"冴え"です。

 以前は、諸手で打ってくる一刀者に打ち負けることを恐れて、虚(きょ)をついて打っていったり、小刀でお相手の竹刀を押さえ込んで大刀で打つことばかり考えていました。
 しかし、手の内の冴えを身に付けてからは、お相手の動作を起こそうとする刹那を、仕留めることができるようになった。
 たとえ「相面」(あいめん)になっても絶対に打ち負けないという自信が持てたのです。
 自分の剣道が驚くほど変わりました。

 「キミは手の内が不十分だ」

 OOT範士のこの言葉がきっかけで、すべて始まったことです。(その時の様子はこちら
 剣道をやっていく上で、かけがえのない"財産"を手に入れることができました。
 OOT先生には、感謝しても感謝しきれません。


追記
 OOT先生は、元警視庁剣道主席師範で剣道八段範士。
 実は私と同姓で、住まいもご近所。しかし姻戚関係はありません。笑
 
 

2019年5月27日月曜日

剣道二刀流 手の内の冴えが劇的に変化③ 「太刀の道」で振る

素振りで「太刀の道」を探し出し、確認し、体得する


"ゆっくり振る"には忍耐が必要


 前回の投稿で、二天一流の片手素振りを習ったことについて書きました。(その内容はこちら

 極意は、ゆっくり静かに振ること。

 「それって、実践に役立つの?」って思いました。スローモーションのように木刀を振って、いったい何が身に付くのだろうと。
 しかし、指導してくれた方の言う通り、だまされたと思って、毎日やってみることにしました。

 正しい手順でゆっくり振ると、すぐに気づきました。
 「これはキツイ」と。
 前進後退してビュンビュンと早く振った方が、よっぽど楽です。
 50~100本はやろうと思っていましたが、あまりのキツさに集中力が続かず、初日は20本程度しかできませんでした。
 
 無理はせず、「正しく」集中してできる本数をやろうと決め、毎日少しずつ増やしていきました。
 そして、一週間がたち、一日に50本ぐらい振るようになった時、ちょっと変化があったのです。
 
 キツイと思いながらやっていた片手素振りが、キツくない。重いと感じていた木刀が、重くないのです。
 徐々にそうなったのではありません。一週間たったころ突如としてそうなったのです。
 これを継続していけば、もっと大きな変化が得られるのではないかという、期待が膨らみました。

 しかし、あせりは禁物。通常の速さで素振りをするならどんどん本数を増やせますけど、スローモーションでやってますからなかなかそうもいかない。50本ぐらいがちょうどいいと思い、そのペースで毎日続けました。

理想の素振りには「手応え」がある 


 ビュン!

 いつものように、スローモーションで素振りをしていたつもりが、突然、木刀が空気を斬った。目にも止まらぬ速さで振ったのです。
 そうしようとしたのではありません。力加減はいつもと同じ。木刀が勝手に走ったという感じです。

 二天一流の片手素振りを始めて2カ月が過ぎたころのことです。衝撃でした。

 「これが宮本武蔵が言う〈太刀の道〉なんだ」

 この時、木刀の抵抗をまったくといっていいほど感じなかったのです。気づいたら振り終わっていた。構えた位置から、振り下ろした位置まで、木刀が瞬間移動したような感じといったらいいでしょうか。
 木刀の重心を意識して、ゆっくり静かに"正しく"振り続けた結果の出来事です。

 宮本武蔵が『五輪書』の中で言う「太刀の道」とは、単なる軌道や刃筋のことではない、ということを体感した瞬間でした。
 
 腕力や筋力で、木刀の重量をねじ伏せて振るのではなく、「太刀の道」で振るということが解った。
 しかし、これはまだ"偶然"の域を出ない。何百回、何千回振っても「太刀の道」で振れるようになるために、片手素振りの稽古を続けました。
 ゆっくり振っても、ビュンと木刀が走ってしまう。なので、次第に素振りの本数も増えて、一日に数百本やるようになっていきました。

 本数が飛躍的に伸びたのはもう一つ理由があって、当初は右片手だけでやっていた素振りを、左片手でも同じ本数をやるようになったから。
 最終的には、正逆両方できる二刀者になるという目標がありますから。

とある日本画との出会い


 余談ですが、休日に当時小学生だった息子と美術館に出かけることが、たびたびあった。二天一流の片手素振りをやり始めたころのことです。
 ある美術展で一点の日本画の前に立ったとき、ハッと息をのんだ。

 『初夏浄韻』という題名のついた、深緑の木々が生い茂った山中にある小瀑を描いた絵です。後藤純男さんという日本画家の作品でした。
 山の中にたたずむ小さな滝。描かれた落水を見てこう思った。

 「滝の水は誰かによって垂直に落とされているのではなく、自らの重量で理に逆らうことなく垂直に落下している」

 片手素振りをしている時、構えた時は正中線上にあるのは木刀の重心だけ。(写真上)
 振り始めると、重心を正中線上に維持したまま拳(こぶし)を正中線上にもってきますから、剣先も正中線上にきます。太刀筋が正中線と一致するわけです。そのまま垂直に振り下ろせば「正面」を斬ることができる。

 この、正中線を「垂直」に振り下ろすということが、非常に難しいのです。
 垂直に真っすぐ振ろうと手首をこねれば微妙にずれる。鏡はウソをつきませんから、ハッキリそこが見えてしまうのです。

 『初夏浄韻』の絵を見た時、手首や腕の振り方の調節で木刀を垂直に振ろうとしていた自分に気づいた。
 木刀の重さでおのずから落下するその動きに、腕が加勢していくように振ればいいんだと分かったのです。

木刀の重さを引き出して振る


 後藤純男画伯の日本画を見て感じたことをそのまま素振りでやってみた。

 垂直に振れるんですよ。片手正面素振りの太刀筋が正中線に一致するんです。こういうことか、って思った。

 これで、片手刀法のための"正しい"片手素振りを理解できた。
 あとは、この稽古が、どう「手の内の冴え」に結びつくのかですね。


2019年5月26日日曜日

剣道二刀流 手の内の冴えが劇的に変化② 二天一流の片手素振り

片手刀法のための「正しい」片手素振り

重心位置をマークし頭上の正中線上に合わせてかまえる。
実際は竹刀ではなく木刀を使い、防具は着けずに素手で持つ。

二天一流武蔵会の片手素振りを習う


 前回の投稿で、現代剣道最高位の「範士」の称号をもつOOT先生(元警視庁剣道主席師範)から、直接、手の内に関するご指導をいただいたことを書きました。

 "相手を仕留める"ことができる「手の内」を身につけるには、正しい素振りで稽古することが重要で、OOT先生は奉職以来毎日数千本の素振りをされてきたとのこと。

 ならば、最初に「正しい素振り」を知らなければならない。私の場合は二刀なので、片手刀法のための「正しい"片手"素振り」だ。

 剣道をやっている方なら、片手素振りはしたことがあると思います。重い木刀を使ったり、普段は諸手で使用している竹刀をその時だけ片手で振るわけです。
 これは、「正しい片手素振り」を習得しようとしてやっているわけではなく、ウォーミングアップやトレーニングとしての"片手素振り"。片手刀法としての片手素振りではありません。

 私は、片手刀法のための「正しい片手素振り」を習得するため、二天一流武蔵会の稽古会でその方法を教えて頂きました。

軽い木刀で素振りをする


 一般的には、「木刀」といえば全剣連が規定する寸法で作られた木刀のことをさすと思いますが、古流諸流派で使用される木刀は、その流派によって形状が異なります。
 材質や太さ、長さや反りなどが違うのです。

 二天一流で使用される木刀の特徴は、細身で軽量であること。竹刀よりもやや軽くできています。
 これは流祖宮本武蔵が、二天一流「五方ノ形」を門人たちに伝えるにあたり、細身で軽い木刀を使用したと伝えられているからです。
 『五輪書』にあります「太刀の道」を、軽い木刀で修練し身に付ければ、重い真剣も刃筋正しく振ることができるということなのです。

 さて、その「正しい片手素振り」の方法ですが、二天一流用の木刀の大刀を使います。
 なければ竹刀よりも軽いものであればいいと思います。桐の木刀でもいいですし、竹刀の竹を2枚張り合わせてビニールテープで巻いたものでも構いません。

 まず、その木刀の重心位置にビニールテープなどでしるしをします。
 そして、姿見の鏡の前に立ち、上下太刀の構えをとります。慣れるまでは、小刀を持たずに大刀だけで構えます。ですから、片手上段の構えと言った方がいいかもしれません。小刀を持たない手は体側に下げます。

 正二刀の方でしたら右片手上段に、逆二刀の方でしたら左片手上段になります。(写真上)
 この時、両足は握りこぶし一つ半ぐらいの間隔をあけて、左右をそろえて立ちます。かかとも床に着けたままです。

刀の「重心」と自分の「正中線」(中心)


 ここで重要なポイントを、2カ所チェックします。
 
 1つは、構えた大刀の刃が相手に向いているかどうか。
 刃が天井を向いている方は、振った時の軌道が大きくなるので振り始めてから打突部位に到達するまでの時間がかかります。最短距離で振ることができないのです。お相手から見れば、"起こり"が丸わかりということになります。
 刃を相手に向ければ、その欠点が解消します。

 2つ目は、鏡の中の自分を見て、木刀の重心位置が頭の真上にきているかどうか。つまり、自分の正中線上に木刀の重心があることを確認します。(写真上)
 これが、ずれていては正しく振ることができません。二刀者の中には重心位置を無視して振っている方が多いのは事実です。しかし、それは竹刀だからできること。1㎏以上ある真剣であれば、刀の重心を無視して振ることはいろいろな意味で無理があります。(刀の「重心」についての考察はこちら

 次は、実際に木刀を振るわけですが、ここで重要になるのが「正中線」です。
 鏡に向かっているわけですから、自分の正中線はリアルタイムで確認できますね。
 正中線上にある木刀の重心を相手の打突部位のやや下、この場合は「面」の素振りをしますから、あごのあたりをめがけて押し出します。
 
 "押し出す"というのは、木刀の重心点の軌道が"弧"をえがくのではなく、振り終わりの位置まで重心点が"直線的"に移動するように振る、という意味です。

 この素振りの段階では、足は動かしません。前進後退しない。前進後退してしまうと反動が刀に伝わり、稽古すべき目的の部分が稽古できなくなってしまうからです。(足さばきをつかった打突は、次の段階の"打ち込み"で稽古します)

 この素振りは「正面」を打つ素振りですから、振り始めから振り終わるまで、木刀の重心点は正中線から外れることはありません。
 構えた時は、正中線からは離れた位置にあった大刀を握る拳(こぶし)も、振り下ろすと同時に胸の前あたりの正中線上にもっていきます。

 それで鏡の中の自分の「正面」を斬るわけです。

 ここで大切なのは、"剣先"を鏡の中の自分の「正面」にもっていこうとしないことです。
 剣先を打突部位に合わせようとすると、重心位置がブレます。太刀筋が不安定になるのです。
 では、どうするかと言えば、相手と「正対」していて、刀の重心点が終始正中線上にあり、振り下ろした時に拳が正中線上にあれば、当然のことながら剣先は正中線上にあります。つまり「正面」を斬ることができる。

 片手素振りをするときに意識するところは、「刀の重心点」と「拳の位置(柄頭)」の2点ということになります。
 

「太刀の道さかいてふりがたし」


 木刀の重心を知り、その重心点が直線的な軌道で移動するように振り、拳を中心にもってくる。結果的に、重心、拳、剣先、の3点が正中線にそろい、正中線を斬るわけです。

 この時、ある約束事を守らなければなりません。ある意味もっとも難しいことなんですけど……。
「太刀をはやく振らんとするによつて、太刀の道さかいて(さからって)ふりがたし。太刀はふりよき程に静かにふる心也」(『五輪書』水之巻より)
 刀は静かにゆっくり振るもの。早く振ろうとすれば、「太刀の道」に逆らって振ることになる、と武蔵は言っているのです。

 例えば、箸のような非常に軽いものの重心を感覚で割り出し、しかもその重心がブレずに早く振り続けることは、難しいと言っていいのではないでしょうか。
 ですから、軽い木刀で稽古することで、竹刀や刀が正しく容易に片手で振れるようになるということ。竹刀や刀も重量が違うだけで、重心位置はほぼ同じですから。

 このように、重心を意識して振ることを体に覚え込ませるのです。そうすることによって、意識しなくても刀の重心を遣った振り方ができるようになるわけです。
 このときに通った刀の軌道が、武蔵の言う「太刀の道」です。
 よって、この方法で素振りをすることが、「太刀の道」を見つけることになる、ということなのです。

ゆっくり静かに振る


 私は、二天一流武蔵会でこの片手素振りの仕方を習った時、ゆっくり静かに振るということは、立合いで求められるものとは、"真逆"のことを言っているようにしか思えませんでした。
 
 その時、その指導をしてくださった方が、私にこうおっしゃった。

 「ゆっくりゆっくりスローモーションのように振ってください。だまされたと思って、それを半年続けてください」

 私ね、素直ですからやりましたよ。毎日、数十本。
 
 そしたら2カ月続けたところで、あることが起こったのです。


2019年5月8日水曜日

リバ剣 日常の稽古⑥ 心にしみた師の言葉

被災して自分の剣道を見直す機会になった


東北の被災地へ竹刀100本の支援


 前回の投稿で、2011(平成23)年3月11日の東日本大震災の時のことを書きました。
 地元浦安市は、液状化現象の影響で、市内の体育施設は使用できなくなり、復旧には1年かかることがわっかた。

 通常、市内にある5つの剣道団体は皆、学校の体育館や武道館など、市の公共施設を使用して稽古を行なっている。それぞれの団体が"ホーム"として使用している施設が使えないのだ。
 市剣連が主催する剣道大会も1年間は中止になった。

 浦安も被災地だがもっと大変なのは東北の皆さん。
 所属する道場の会員さんから、こういう声が上がった。
 
 「私たちは稽古場所に困っているだけだが、東北の被災地の方々は避難生活をされているわけだから、そもそも物がない。素振りをしたくとも、竹刀すらないのではないか」

 道場のある先生が東北被災地の剣道連盟に問い合わせたところ、子供も大人も稽古をやりたがっているが竹刀がない、支援して頂けるのは大変ありがたい、ということだったという。

 それで、その先生の呼びかけで、浦安市剣道連盟本部道場として竹刀約100本を、支援物資として東北被災地に送らせていただいた。

「一人稽古」の徹底強化


 2011(平成23)年、被災後。
 道場での稽古もできない、1年間試合もない。
 これを好機ととらえ、「一人稽古」を徹底的に強化する道を選びました。

 剣道を再開して1年。自分なりには、かなり激しい稽古をしてきたつもりでしたが、もともと基礎的な体力が伴っていなかったところからの出発だった。だからすぐに限界がくる。自分では、「やってるつもり」になっていたのです。

 リバ剣当初は、数カ月も稽古すれば、すぐに昔の感覚が戻ると思っていましたが大間違い。
 あの頃と同じ努力をしなければ、その感覚は戻らないこともわかった。

「ナンバ歩き」の効果を確認


 地震発生時に職場から自宅まで、約20㎞歩いたことを前回書きました。(その様子はこちら
 その後、聞いた話ですが、同じ職場の同年代の人で、その日、私と同じように長距離を徒歩で帰った人は皆、ヒザを痛めたといいます。数日歩けなくなった人もいたそうです。

 私は、半月板の手術後数カ月しかたっておらず、段差の昇降には不安がある状態だったにもかかわらず、そういった症状は一切出なかった。
 やはり「ナンバ歩き」は足腰に負担がかからない歩き方であるということを、再確認できた。
 
 考えてみれば、剣道を再開を決意したころは、通常の走り方で毎日4~8㎞走っていましたが、その時使用していたランニングシューズは、3カ月ほどでボロボロになってしまった。
 その後、「ナンバ歩き」を実践するようになり、そのシューズも新しいものに買い替えた。同じメーカーの同じ種類のものですが、1年たってもまだまだ使える。靴にかかる負担も違うようです。

 年齢による足腰の衰えで、立合いの際の「機」のとらえ方が左右されるようでは、若い現役世代とガチンコ勝負などできるわけがない。
 年齢や運動能力に左右されない身体運用法の一つが「ナンバ歩き」。この歩き方を極めようと決意しました。

 これまでは、日常では、なるべく「ナンバで歩く」という気持ちだったのが、この時から、いかなるときも「ナンバで歩く」ようになった。
 さらに夕食後に、毎日8㎞のナンバ“走り”を自分に課しました。

自宅でいつでも「打ち込み稽古」


 前回の投稿で、木製の打ち込み台を作り、リビングに据えたことを書きました。
 それによって、もう、雑木林(防風林)の中に打ち込み稽古をしに行かなくてもすむようになった。笑(防風林の中での稽古の経緯はこちら

 「片手で、打って打って打ちまくる」
 
 自宅での打ち込み稽古は、それを信条にしました。
 その理由は、片手ででの打突が、諸手での打突と比較して、圧倒的に少ないということ。
 小学2年で剣道を始めた私は、剣道を断念する高校1年までで、どれほど「諸手」で打突してきたか。大まかな数字を出すのも不可能です。一方、「片手」での打突は、まだ始めて1年ほど。たかが知れている。

 以前、あるプロのピアニストのエッセイを読んだ時、ピアニストの“プロ”と“アマチュア”の違いについて、読者に問うている場面があった。
 私はすぐにその答えは「才能」だと思いましたが、違っていた。
 正解は「一日にピアノを弾く時間の長さ」だった。その人曰く、この違いは圧倒的なのだそうです。

 二刀流を始めた私にとって足りないもの。それは、「片手ででの打突の回数」ということになります。だから自宅で毎日、「片手で、打って打って打ちまくる」しかない。しかも“正しい片手刀法”で。

出稽古


 “一人稽古の強化”といっても、まったくお相手のいない稽古だけをしているわけにもいきません。同時に、実戦の感覚も磨かなければならない。
 
 浦安では施設が使用できないため、お隣の市川市へ出稽古に行かせていただくようになった。元々出身道場である市川市剣道連盟東部支部にはこの前年に登録していましたので、稽古には行っていましたが、市川市内の他の道場にも出稽古でお邪魔させていただくようになりました。

 どこへ行っても歓迎していただき、この時のご縁で本当にいい稽古をさせて頂き、勉強させて頂くことができました。今でも交流は続いています。

二天一流武蔵会東京支部の稽古会に参加


 震災後、最初の東京支部の稽古会に、二天一流第十七代師範の中村天信先生がお見えになった。
 中村師範は、寡黙な方。だから言葉に一切の装飾がない。今、心にあることをありのままにお話しされる。

 稽古開始前、参加した会員たちに対し、朴訥(ぼくとつ)とした話し方でこうおっしゃった。
 「一寸先は闇の世の中にあって、光明となるような二刀をするために、しっかり稽古しましょう」
 
 今でも胸に刻んで、稽古しています。


2019年4月14日日曜日

二天一流武蔵会 稽古会参加④ 二天一流第十七代師範 神免二刀流第十六代師範

流祖武蔵から連綿と継承された流派


中村天信 師範


 2010(平成22)年4月。武蔵会東京支部の稽古会に参加させて頂いた。

 会場に到着して着替えを済ませ準備運動をしていると、Kさん(HN:KOJIROさん)がお見えになり、こうおっしゃった。

 「本日は、中村先生がいらっしゃいます」

 ついにこの日が来た。
 現代の二刀流に失望しかけた私に、中村師範との出会い(その時は動画でですが)は、一条の光明となっていました。(その経緯はこちら

 二天一流の第十七代師範という「運命」を背負われたお方。
 宮本武蔵自流の正統として、伝統の荘厳なる継承の使命を負う。そういうお方に、いよいよお目にかかれる。

流祖から中村天信までの系譜


 江戸前期、流祖宮本武蔵が晩年を肥後(熊本)で過ごし、「二天一流」の系譜はここで端を開きます。
 その主な道統に「肥後の五流派」があります。寺尾派(山尾派)、山東派、村上派正勝系、村上派正之系、野田派。いずれも二天一流の正統です。
 また、二天一流から分派した流派として、新潟越後に伝わった神免二刀流があります。

 「肥後の五流派」のうち、大正期までに三流派が継承者が得られず断絶し、現在は、山東派と野田派が二大流派を形成しています。
 一方、神免二刀流は越後藩の剣術指南役を務める五十嵐家に伝わり、代々家伝の流儀として現代まで継承されてきました。

 先師荒関二刀斎は、神免二刀流継承者五十嵐一隆に就いて二刀流の指導を受け、後に印可を得て、神免二刀流を継承します。
 また、熊本に渡り、野田派の二天一流十五代松永展幸のもとでこれを学び、後に印可を得て二天一流の十六代を継承しました。
 いずれも昭和30年代のことです。

 先師荒関二刀斎は、昭和44年の第17回全日本剣道選手権大会にも二刀で出場されています。

 そして、平成8年に中村重則天信という後継者を得て、十七代を継承させたのです。

稽古開始


 この日も最初は、ナンバ歩きの稽古から。床を擦る「すり足」の音だけが、道場に静かに響く。中村先生が見守る中、皆さんの緊張が伝わってくる。

 次に形(かた)稽古。ここからは直接中村先生からご指導いただいた。私も「胴を切る」場面で、刃筋を手を取って直して頂いた。
 二刀の形で二刀の刀法を知り、理合を知る。古流でなければ出来ない稽古法です。特に武蔵会の場合は、これが竹刀稽古につながっている。実践につながる理論があるんですね。
 私自身、この3年後に、試合や段審査でその成果を実感することになります。

 そして、防具を着用して竹刀稽古。まずは基本打ち。
 これも中村先生が手本を見せて頂き、直接ご指導くださった。

 これも武蔵会ならではの稽古。
 試合や地稽古は、お相手さえいればある意味どこでもできます。しかし、二刀の基本稽古を正しくじっくりやるとなるとなかなか機会がない。
 私にあっては、この稽古ができるところを探してたわけですから。二天一流の十七代師範に直接ご教授頂けるなんて信じられない気持ち、まるで夢のようです。

 この後、通常であれば、それぞれにお相手と組んで地稽古となるんですが、この日は中村先生がいらっしゃるということで、一人ひとり中村先生と稽古して頂けることになった。
 とはいっても、人数も多いし時間の制限もあるので、代表の上級者5名ほどが稽古することに。他の者は、見取り稽古となった。
 私は面をはずして、固唾をのんで立ち合いに見入った。

少年の頃に見た二刀流がここに


 「この師に就いて学ぼう」

 立合いが始まってすぐにそう決意した。

 昭和40年代に見た、心を揺さ振られた二刀流。
 今、目の前で繰りひろげられる立合いに、あの頃と同じ種類の感動が沸き上がってくる。

 昭和40~50年代は二刀者が激減した時代。(その理由はこちら
 この頃二刀を執っていた方々は皆、大正生まれ。戦前から二刀流をやっていた方々です。そして、後継者がないまま二刀剣士の高齢化が進んでしまい、世を去ってしまった。

 平成に時代を移して、「試合・審判規則及び細則」が改正され、環境が変わって二刀を執る者が徐々に現れてきた。現代の二刀剣士の多くは(高名な二刀者も含めて)、これ以降にご自分の創意工夫で二刀を執られてきた方々です。

 私はそういう方々の二刀を、批判したり否定したりするつもりはありません。
 そういった時代背景がありますから、私たちが子供の頃に見た二刀流と違っていて当然なのです。

 しかしここに、継承された二刀者が実在したのです。
 中村天信師範。
 子供の頃から私淑してきた故松崎幹三郎先生と剣風はちがうが、根底に流れる「理」が同じような気がする。(故松崎幹三郎先生についてはこちら

 二刀の操作をどうにかやり繰りして一本を取ろうとする二刀剣道ではない。右片手、左片手、それぞれが独立して片手刀法として成立している。どちらか一方の介助がなかったとしても一本が取れる剣道だ。
 それでいて、左右の片手刀法が絶妙な調和をして、迫力があり美しい二刀剣道を具現化している。


 地元でも、故松崎幹三郎先生の二刀を知る人は、めっきり少なくなりました。
 松崎先生との立合いの経験がある、現在は高齢になった先生方は、「あの先生の二刀には、理があったね」と皆さん口をそろえます。


 もう見ることが出来ないであろうとあきらめていた「二刀の理」が、今、目の前にある。
 

 
参考文献
 『武蔵の剣 剣道二刀流の技と理論』佐々木博嗣編著・スキージャーナル・平成15年
 

2019年4月11日木曜日

二天一流武蔵会 稽古会参加③ 片手刀法「小手打ち」「胴打ち」

基本の打突を伝授

大刀の重心に黒いビニールテープを貼った。
二刀の大刀。黒いしるしが重心位置。
片手刀法は刀の重心を意識することが肝要。

 2010(平成22)年2月と3月。それぞれ1回ずつ、武蔵会東京支部の定例稽古会に参加させて頂いた。両日ともに、全体の指導担当はKさん(HN:KOJIROさん)でした。
 
 まずは2月。
 前回は、私の指導を担当して頂いたKさんが、マンツーマンで指導して頂きました。
 今回からは、全体の稽古に混ざって参加。非常に緊張しましたが、これから二刀を執って剣道をやっていくうえで核になるものをつかみたい、そういう思いでいっぱいでした。

二刀の形稽古


 古流である二天一流武蔵会では、形(かた)の稽古を重要視しています。
 私が小学生のころに通った道場でも形は重視していて、小学生でも日本剣道形は全員できました。(当時の様子はこちら
 ですから、二刀の形には非常に興味がありましたので、二天一流用の木刀大小を準備して、参加しました。
 
 武蔵会では「五方ノ形」以外にもいくつかの形を稽古していて、今回も先師荒関二刀斎が制定した「十三本の兵道形」を稽古しました。
 初めての二刀の形稽古で、皆さんについていくのが大変でしたが、理合を覚えるには形稽古は必須。この日は、十三本のうち三本をしっかり覚えました。

片手での小手打ち


 前回は、Kさんにナンバと面打ちまで、教えて頂いています。
 なんと、この日の基本稽古のメインメニューが"上下太刀の構えからの小手打ち"。グッドタイミングでした。
 
 教えて頂いた上下太刀からの小手打ちのポイントは次の通り。
  1. 上下太刀に構えた時、大刀の重心は頭の真上(正中線上)に置く
     相手のどこを打つかにかかわらず、構えの基本は変わりません。
  2. 大刀の刃部を相手に向ける
     刃部が天井を向くことがないようにする。これも、どこを打つかで変わることはありません。
  3. 振り下ろす時も重心を正中線上からはずさず、「面打ち」と同じ太刀筋で振り下ろす
     降り始めから、重心を打突する小手側にずらすことのないようにする。
  4. 中段に構えた相手の太刀の物打ちの裏に、大刀の重心部分を通す
     相手の竹刀の裏、スレスレのところを通すようにする。この瞬間は、大刀を握った拳はへその前。
  5. 大刀を握った拳を一気に自分の左腰骨の前に持っていきながら、物打ちで小手を打つ
     大刀が相手の竹刀の裏に入る瞬間に、大刀を握った拳を左腰骨の前あたりに瞬間移動させる心持。その時、大刀の重心を意識し、重心をずらさずに拳を動かすことによって物打ちで小手をとらえる。
  6. 大刀が重心を中心に回転するようにして打つ
     大刀の物打ちが小手に当たる直前に拳を跳ね上げる。これが手の内の冴えになる。平打ちにならないように、刃筋を通す。

片手での胴打ち


 ここからは翌3月の稽古会。私はすべての稽古会に出席できているわけではないのですが、なんとこの日の基本稽古のメインメニューが胴打ち。またもやグッドタイミングでした。

 教えて頂いた上下太刀からの胴打ちのポイントは次の通り。
  1. 上下太刀に構えた時、大刀の重心は頭の真上(正中線上)に置く
     胴打ちの時も、構えに変わりはありません。
  2. 大刀の刃部を相手に向ける
     刃部が天井に向かないようにする。胴打ちの時も変わりません。
  3. 振り下ろす時も、重心が正中線に近いところを通るように振る
     相手との間合や位置関係で多少違いますが、大刀の重心が正中線上から大きくはずれることのないように振る。
  4. 斜め45度の刃筋を通す
     バットのスイングにならないようにする。最短距離の太刀筋で胴をとらえる。
  5. ナンバ歩きの要領で、背骨を軸に骨盤を回転させて、しっかり腰で打つ
     熟練を要する。ナンバ歩きをしっかり稽古することが肝要。


 これで、「面」「小手」「胴」と、突き以外の基本打ちの方法を習うことができた。
 感激と感謝。念願でしたからね。

 稽古会が終了したのは夕方。

 「正しい刀法を早く試したい」

 飛んで帰って、地元の所属道場の稽古に行きました。
 

2019年4月9日火曜日

二天一流武蔵会 稽古会参加② ナンバ歩き 片手刀法「正面打ち」

実際の稽古に参加


基本中の基本を習う


 2010(平成22)年1月のこと。

 前回の武蔵会東京支部稽古会では、見取り稽古をさせて頂きました。(その時の様子はこちら
 
 私はもともと、小学生の時に、「古流」というバックボーンを持った指導者の方々に「剣道」を教わりました。(その様子はこちら
 よって、二刀を習ううえでも、古流である二天一流で“竹刀剣道”を教えて頂ける道場を探していました。

 「ここだ!」

 前回の見取り稽古で直感しました。
 
 そして2週間後。この日が来るのが待ち遠しかった。
 会員の皆様にご挨拶させて頂き、稽古に参加させて頂きました。
 二刀初心者の私の指導にあたって下さったのは、Kさん(HN:KOJIROさん)でした。

ナンバ歩き


ナンバ歩き画像 本人 総合体育館剣道場
右足が前になった時は
左の腰が入っている。
最初はやはり“ナンバ歩き”から。古流ならではの稽古法です。
 しかし本来は、「剣道」にとっても“基本中の基本”なんですけどね。

 まずは、Kさんがお手本を見せて下さった。

 「見たことある」

 俳優の大御所が出演するようなきちんとした時代劇の出演者は、皆この歩き方をしているな、と思いました。
 また、能や狂言もこの“足の運び”をしている。能や狂言の起こりは、剣術のそれとほぼ同時代。
 一般庶民から能楽師、武士に至るまで、当時の日本人の身体運用法の基本となるもの。
 この土台なくして、“正しい刀法”はあり得ないと思いましたね。

 しかし、実際にやってみると非常に難しい。全く出来ないと言っていい。
 背骨を軸にして骨盤を回転させる。右足を一歩踏み出した時は左の腰が前に出ている。左足を一歩踏み出した時は右の腰が前に出ている。

 つまり、現代人の歩き方とは、踏み出す足と回転する骨盤の方向が逆。歩き方の根本的な動作を変更しなければ出来ない歩き方です。即席で出来るものではないと分かった。

 それでも、Kさんの丁寧で解りやすい説明のおかげで、ナンバ歩きの原理は理解できた。
 あとは、日常の中で実践し体得していくしかない。普段の歩行もナンバ歩きですると決めた。

 この効果は、この半年後ぐらいから徐々に表れ始めることになります。

片手での正面打ち

大刀の重心の位置にしるしがある。
大刀の重心が正中線上にあるのがわかる。

 この日、Kさんにもう一つ教えて頂いたのが、片手での「正面打ち」。

 まずは、大刀の重心位置に黒いビニールテープを巻いてしるしをした。
 私は正二刀ですので、右片手で上段に構える。今日はまだ小刀は持たない。空いている左手は体側に下げたまま。
 
 この日、教えて頂いたポイントは4つ

  1.  大刀の重心が頭の真上にくるように構える。
     つまり、刀の重心が自分の正中線上にあるように構えるということ。
     二刀の構えは、人によって非常に個性が出ます。例えば、上下太刀の構え(二刀の代表的な構え、上段の構えの一種)の大刀の位置に限ってみても、人それぞれに違います。大刀を頭上高く構える方もいれば、頭上すれすれに低く構える方もいる。
     いずれにしろ重要なことは"大刀の重心が自分の正中線上にある"こと。
  2.  構えた大刀の刃部は相手に向ける。
     上段に構えた大刀の刃部が天井を向いていると、振りが大きくなって機を捉えにくい、相手から見て起こりがわかりやすい。
  3.  腕力で竹刀を振るのではなく、竹刀の重さを引き出して振る。
  4.  竹刀の「物打ち」が面を打突する瞬間に、拳を跳ね上げて竹刀が重心を中心に回転するように打つ。これが、手の内の“冴え”となる。

 「ナンバ歩き」と「片手での正面打ち」。二刀(片手刀法)の基本中の基本。
 これで、地元の所属道場、自宅、そして“防風林の中”で、正しい稽古法が実践できる。(防風林の中の稽古についてはこちら

 「二天一流武蔵会の稽古法は素晴らしい!」

そんな思いを胸に、我流から脱却できる喜びでいっぱいで帰路についた。


2019年4月7日日曜日

二天一流武蔵会 稽古会参加① 見取り稽古

古流の「理」にかなった稽古


充実の内容に心を揺さ振られる


 2010(平成22)年1月。
 ブランク30年から剣道を再開し、地元剣連で道場デビューした1週間後のこと。(道場デビューの様子はこちら
 二天一流武蔵会東京支部の稽古会におじゃまさせて頂き、見取り稽古をさせて頂きました。(「武蔵会」を知った経緯はこちら

 二天一流第十七代師範であり新免二刀流第十六代師範である中村天信先生は、こちらの稽古会には年に数回お見えになるということですが、この日はいらっしゃいませんでした。
 この日の指導は、師範代の佐々木さんがされておりました。
 参加者は20名ぐらい。年齢層は、20代の方からご高齢の方までいらっしゃいました。


 稽古が始まった。

 最初は基礎体錬から。
 道着・袴姿で、ナンバ歩きの稽古。

 通常、「剣道」では稽古の最初は"形”もしくは"素振り"ですよね。「古流」ともなれば最初は"ナンバ歩き"なんですね。
 すでにこの時点で、二天一流の稽古に引き込まれていきましたね。

 次に形(かた)の稽古。
 武蔵会で稽古している形はいくつかあって、この時は、先師荒関二刀斎が制定した「十三本の兵道形」を稽古していました。
 初めて見る二刀の形。これも興味津々で見入っていました。

 そして、竹刀を執って片手で素振りと打ち込み。
 大刀の重心部分に印(しるし)がある方がいる。私は二天一流武蔵会のホームページを事前に見て、この意味を知っていましたので、稽古している内容が理解できました。
 木刀や竹刀の重心を知る。重要なことなんですね。

 そして最後に、防具を着用して、基本打ちと地稽古。

 トータルで約4時間。とても充実した内容といえる稽古会でした。

見取りした感想


 全体的な印象としては、和気藹々とした雰囲気の中で、皆さん非常に集中して稽古なさっているな、と思いました。
 基本と、正しい片手刀法を重視した、きれいな二刀剣道をされているなと。

 特に興味深かったのは、ナンバ歩きの稽古。諸手であっても片手であっても、正しい刀法にはこれがベースになければならない、ということですね。
 日本人の現在の歩き方は、明治維新後の服装や生活様式の変化、西洋式の軍事教練の導入などで変化したものだと、聞いたことがあります。
 ですから、明治維新以前の日本人は皆、この“ナンバ”で歩き、走っていたんですね。和装の特徴を一つ一つ見れば、納得できます。

 例えばその一つ。雨に濡れた土の道をビーチサンダルであるいたら、「ペタンペタン」とビーチサンダルのかかとに当たる部分が跳ね上がり、泥水も一緒に跳ね上がって足にかかってしまいますよね。
 和装に草履履き。コンクリートもアスファルトで舗装された道もない時代。ナンバ歩きなら、泥水は跳ね上がりません。
 刀法はこの“ナンバ”という日本人特有の身体運用法があったうえでのもの、ということになります。正しい刀法には、ナンバは不可欠だということですね。
 
 思い返してみれば、小中学生のころ、剣道の稽古中に指導者の先生から「腰を入れろ!」とよく注意されました。
 「腰をいれる」とはどういうことか。ナンバ歩きを稽古していくことによって、説明がつきそうだなと思いました。

 「ここなら、二刀の正しい基本と理が学べる」と直感した。
 やはり、見立てに狂いはありませんでした。


 この稽古会は定例で、次回は2週間後とお聞きし、参加を決めて帰路に就いた。
 
 

2019年2月9日土曜日

この出来事で、剣道再開を決意!しかも二刀で!!

突然息子がとった行動


あのバスの中の自分と重なる


 前回の投稿で、終バスの中でのエピソードを書きました。
 希望に満ちあふれた時代でした。

 その後、16歳の時に十二指腸潰瘍でドクターストップ。当時は潰瘍にいい薬なんてまだなかった。運動全般を禁止されてしまったので、剣道はあきらめるしかなかった。
 意外でしたが、あれほど大好きだった剣道をすんなり忘れられた。それほど病気がつらかったんですね。

 時が過ぎて、結婚し、数年後やっと子供を授かった。男の子一人。
 その息子が小学校に入るころ、「剣道がやりたい」と言うので近くの道場に通わせることに。「血は争えないな」と思いつつ、その頃の私は剣道には無関心。道場に付き添いで行くこともしませんでした。

 ある晩、家のリビングで寝転びながらテレビを観ていると、そこへ剣道の道場から、小学3年になった息子が帰って来た。

 「お父さん、二刀流ってこうやってやるんだよ!」
 
 リビングの扉を開けるやいなや、道着・袴姿の息子が上下太刀の構え(二刀の代表的な構え、上段の構えの一種)をやったんです。

 私は「うわぁぁぁー」と大声で叫んでしまった。

 今、目の前に37年前の自分が現れたようで、飛び起きちゃったんですね。
 あの終バスの中で、車掌さんに向かって二刀の構えをやっていた私が突然目の前に。
 息子は顔がその頃の私にそっくり。その時の道着・袴姿も同じ。学年も当時の私と同じだったのです。
 そして同時に、初めて二刀流を見た時の衝撃の光景が、走馬灯のように頭の中を流れた。

 そして、あの頃の決意を思い出したんです。将来、二刀をやるという。

 後からリビングに入ってきた妻に言いました。

 「オレ、明日から剣道をやる!」


2019年1月26日土曜日

二天一流武蔵会の錬成会に参加&白血病の定期検査

白血病の定期検査


 午前中は某大学病院で、月1回の検査と診察に。2017(平成29)年12月に8か月間の抗がん剤治療を終えて退院し、経過観察してます。急性リンパ性白血病です。
 今回も特に異常なし。塩分とカロリーの取り過ぎに気を付けて下さいとのこと。
 抗がん剤治療を長期間やった人は、腎機能の低下や血糖値の上昇に影響がでやすいのだそうです。
 しょっぱいものも甘いものも大好きなので、控えめにしてるつもりですが…
今のところ、大丈夫だそうです。 


二天一流武蔵会の錬成会に参加

武蔵会東京支部定例稽古会。日本橋浜町体育館。
二天一流武蔵会の錬成会

 検査の結果にひと安心して、午後は2週間ぶりに二天一流の稽古へ。
 私の所属する二天一流武蔵会東京支部は月2回、日本橋で錬成会をしています。
 ここでの稽古内容は、形稽古(五方の形)、片手刀法の基本稽古、二刀での自由稽古。普通の剣道の道場では経験できない内容満載なんですね。
 ですから、参加者もアメリカやカナダ、ヨーロッパ各国などからも来ています。
 今回もpm1:00~4:00まで、みっちり稽古してきました。
 
 二天一流の稽古に関する内容は、このブログの「古流に学ぶ」のページや、「『五輪書』の実践」のページでも、記述していきますのでよろしくお願いします。

 今年は昇段審査があるので、それまでにいい状態にしておきたいと思っています。

 今日も剣道ができたことに感謝!


このブログ上部の「急性リンパ性白血病」のページに私の闘病記を編集してまいります。
よろしければ、そちらもご覧ください。

次の「白血病」の投稿はこちら


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